今週、2025年のJRA年度代表馬が発表されフォーエバーヤングが選出された。
その年にJRAのレースを1度も走らずに受賞したのは1999年のエルコンドルパサー以来、これまで芝を一度も走った経験がない馬が選出されたのは初めてだ。
そもそも日本の競馬は、JRAが中心で芝のレースが重要視される傾向なので仕方のない事かもしれないが、この受賞で思い出されるのが1995年のライブリマウントだ。
オグリキャップの活躍で、中央競馬と地方競馬の隔絶が緩和された事により、指定交流競走が増設され開放元年と言われたのが1995年だ。
その前年の1994年の11月から約1年間、ライブリマウントは中央と地方のダートレースで条件戦から7連勝するのだが、そのレースがすごい。
1994/11/26 京都:花園S(1500万下)
1994/12/17 中京:ウインターS(G3)
1995/01/16 京都:平安S(G3)
1995/02/18 東京:フェブラリーS(G2)
1995/04/01 大井:帝王賞(重賞)
1995/08/16 旭川:ブリーダーズGCA(重賞)
1995/10/10 水沢:南部杯(重賞)
まだ日本にはダートのG1級のレースはなく、この2年後の1997年からフェブラリーSがG1に、地方3場の重賞もS1に昇格している。
ちなみにブリーダーズGCAは現在のJCBクラシック、南部杯はマイルチャンピオンシップ南部杯の前身である。
現在のレベルに置き換えると、フェブラリーSからはG1級を4連勝である。
平安Sまでは西日本のレースで、現在も西日本の地方競馬では固定のS1レースはないはずなので、全国を平らげた状態だった。
まさに無敵のダート馬だ。
もちろん、JRA賞も最優秀ダート馬を受賞している。
しかし年度代表馬には選出されなかった。
この年の年度代表馬は、菊花賞と有馬記念を勝ったマヤノトップガンだった。
1995年はまだJRAのG1が年間で14レースしかなく、JCをランド、安田記念をハートレイクの外国馬が勝っているため、年間でG1を2勝したJRA所属馬はマヤノトップガンしかいなかった。
マヤノトップガンは生涯でG1を4勝した名馬だが、菊花賞もステップレースで出走権を獲得しているので、この時点では重賞も菊花賞と有馬記念の2勝のみだ。
対してライブリマウントは年間で重賞5勝。
現在の状況であれば、ライブリマウントが年度代表馬になってもおかしくなかった。
そして当時も、競馬をよく知っている人の中にはライブリマウントを年度代表馬にすべきだという人もいたが、有馬記念を勝っている事もあり、すんなりマヤノトップガンが年度代表馬に選出された。
ちなみにライブリマウントは、1995年末の東京大賞典4着、明け1月の川崎記念を3着した後、現在のドバイワールドCの前身のドバイワールド96(OP)に出走している。
おそらく、このレースに初めて出走した日本馬は、ライブリマウントが初めてのはずだ。
当時は海外遠征の体制も今とは異なっていたためか、ライブリマウントは海外遠征後は精彩を欠き、翌年G1に昇格したフェブラリーSも10着で、結局G1級のタイトルは獲れなかった。
血統がリファール系という事で種牡馬にはなったようだが、中央競馬で重賞を勝った馬は現れなかった。
時代のあだ花的な存在で、たぶん馬娘にも登録されておらず、古くからの競馬ファン以外は名前すら知らないと思う。
ただ、せっかく今年フォーエバーヤングが年度代表馬に選出されたのだから、藤田会長にはぜひライブリマウントを馬娘に登録してもらい、末永く名馬として語り継がれるようにしてもらいたい。
by ksato1
| 2026-01-09 00:05
| 競馬
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