上映時間が174分でほぼ3時間、予告編を観た感じではかなり重たい話で歌舞伎界のしきたりを長々と説明する作品かと思ったが、まったく異なる内容であった。
原作が吉田修一、脚本が奥寺佐渡子、そして監督は李相日で実力者ぞろいだが、この3人の名前に違わぬ作品になっていた。
人気女形の花井半二郎(渡辺謙)は、長崎を仕切るヤクザの親分立花権五郎(永瀬正敏)の新年会に顔を出していた。
そこで少年二人が余興で歌舞伎を舞ったのだが、女形を演じていた少年の演技力に驚嘆する。
その少年は権五郎の長男喜久雄(黒川想矢)だった。
そしてその時、権五郎の組の対抗勢力がカチコミに入ってくる。
権五郎は半二郎と喜久雄の目の前で銃殺されてしまう。
その後紆余曲折があり、喜久雄は半二郎の世話になる。
半二郎には喜久雄と同学年の一人息子の俊介(越山敬達)がいた。
半二郎は二人に同じように厳しく女形としての芸を仕込む。
そして二人は親友を超えた兄弟のような関係となった。
だが喜久雄の非凡な才能が、この二人の関係、そして周囲に不協和音を響かせるようになる。
二人が「二人道成寺」などの演目で若い女性に人気となった頃、ある日半二郎は事故に遭って入院する。
半二郎は「曾根崎心中」のお初の初日を控えていたため、すぐに代役を立てなければならないが、周囲は当然、半二郎の名跡を継ぐと思われる俊介=半也(横浜流星)が指名されるものと思っていた。
しかし半二郎が指名したのは喜久雄=東一郎(吉沢亮)だった。
半二郎の妻幸子(寺島しのぶ)は猛反対する。
だがその反対も、ある意味東一郎の実力を認めているが故だった。
このままでは本当に、東一郎が半二郎の名跡を継ぐことになるかもしれないからだ。
それでも半二郎は、東一郎を代役に立てる。
東一郎の実力を認めていた半也も、素直に事態を受け入れた。
しかし実際に東一郎が舞台でお初を演じている姿を見て、半也は決定的な実力の差を目の前に突き付けられる。
完全に心が折れた半也は、長崎時代からの東一郎の彼女である春江(高畑充希)と一緒に失踪してしまう。
その後、東一郎は半二郎の名跡を継ぐべく活躍をする。
しかし東一郎が活躍すればするほど、周囲は半二郎の名跡を乗っ取るつもりだと陰口をたたいた。
東一郎は、自分には歌舞伎界の血が流れていないことに苦悶する。
さらに週刊誌が東一郎の出自を探り、背中に刺青が入っていることを暴露してしまう。
控えめに言っても凄まじい映画である。
素晴らしいではなく凄まじいだ。
「歌舞伎に生涯をささげた男の苛烈な半生」的なキャッチコピーで作品紹介されることが多いが、実際には「歌舞伎に生涯をささげた」のではなく、「歌舞伎に生涯をささげざるを得なかった」で、しかもそれは東一郎だけではなく半也と二人を表現する説明となる。
父母を亡くして半二郎に拾ってもらった東一郎は、その大恩にこたえるべくひたすらストイックに歌舞伎道を邁進する。
一方梨園のプリンスとして育てられた半也は、いかにも歌舞伎役者然として遊びに力を入れていた。
だが半也の「遊び」は、この時点ですでに東一郎の実力を認めている事の裏返しでもある。
東一郎に対してリスペクトと同時に嫉妬も感じており、東一郎にはない御曹司としてふるまうのである。
東一郎は、自分は芸の道を究めるしかないと精進するが、どんなに精進しても「よそ者」のレッテルが剥がれる事はない。
そして何かにつけ、その事を思い知らされる。
歌舞伎界の「血」を継がなければならい者のプレッシャーと、歌舞伎界の「血」を持たない者のどこまで行っても届かない焦燥感、この二つが時に激しくぶつかり、時に激しく絡み合う。
この凄まじい演技を、吉沢亮と横浜流星が見事に演じ切っていた。
周囲を固める脇役陣もみな実力者ばかりだが、あたかもこの二人の演技に引っ張られるかのような、魂の演技を見せていた。
特に圧巻だったのは、ベテラン女形役の田中泯だ。
これまで役者としては武骨で頑固者の役が多かったと思うが、今回は女形である。
ドメインは舞踏家なので歌舞伎の所作も心得ているのだとは思うが、歌舞伎の舞台を離れたシーンの演技でも、生粋の女形であるかのような、深みのある演技だった
歌舞伎のシーンを演じるのはこの3人に加えて、半二郎役の渡辺謙の4人であるが、この4人は歌舞伎の演技ですべてを出し切ったのではないかと思う。
クライマックスの「曾根崎心中」では、吉沢亮と横浜流星の演技に涙がこぼれそうになった。
もちろんストーリーも素晴らしいのだが、役者の演技に泣かされそうになったのは初めてだ。
少年時代の喜久雄役の黒川想矢、我が子を思いながらも花井の看板も護らなければならない幸子役の寺島しのぶ、そして興行元の社員竹野役の三浦貴大も、作品全体にきっちり機能していた。
脚本だけではなく、歌舞伎のシーンのカメラワーク、カット割りなども素晴らしく、3時間がまったく長く感じない。
歌舞伎シーンでは雅楽演奏の上に、ピアノや弦楽器演奏のBGMを乗せた演出も秀逸だ。
日本映画史にその名を遺す名作と言っていいだろう。
まだ下半期が残っているが、残り半年でこの映画を上回る作品が上映されるとは、ちょっと思えない。
カンヌでは受賞を逃してしまったらしいが、今年の国内の映画賞は、おそらくすべてこの作品で塗りつぶされるであろう。
66.国宝
by ksato1
| 2025-06-10 00:05
| 映画
|
Comments(0)