昨日で終了したギンレイの2本。
対照的な2本だった。
まず「春原さんのうた」。
マルセイユ国際映画祭でグランプリ、観客賞、俳優賞を受賞したそうだが、個人的にはまったく評価できない作品であった。
カフェで働く沙知は、カフェの常連客でミュージシャンの日高が住んでいた部屋に、そのまま住むことになった。
日高は故郷の宮崎に戻るとの事だ。
建物は古くて勤め先のカフェからはちょっと遠いが、心地よい風の吹き抜ける部屋だった。
そこには、沙知の叔父や叔母が様子を見に来たりする。
また沙知は、カフェのオーナーや客たちと、ゆったりとした時間を過ごしていた。
原作は歌集らしい。
監督は小説を書いたり写真を撮ったりもしているらしいが、はっきり言ってこの作品は映画の体裁をなしていない。
個人的には「勘違い監督」とカテゴライズしているが、ロングショットの長回しの映像を延々流し続ける事が芸術だと勘違いしている、典型的な監督だ。
だが、ロングショット、長回しには意味がなければならない。
例えば、沙知がカフェまでに通う姿もカメラを定点にして、季節、天気、服装を変えればそれだけで時間経過が表現される。
ただ単に役者の服装だけを変えるだけでは、時間経過を表現しているとは言えない。
情景描写も、特に美しい風景ではない。
木村大作ばりの美しい映像を見せろ、とまでは言わないが、普通の風景が延々と流れるだけなのでまったく心に残らず、飽き飽きしてくる。
唯一いいなと思ったのは、沙知の部屋でカーテンがなびくシーンだ。
夜と昼2回あったが、このシーンは「心地よい風の吹き抜ける部屋」が表現されていた。
それ以外のシーンは監督のこだわりではなく、カメラを設置しやすい場所から撮影しているだけにしか見えなかった。
逆に、監督のこだわったカメラ位置から撮影していたと言われたら、あまりにもセンスのない監督と言わざるを得ない。
しかも役者の演技力もまったくなっていない。
ロングショット長回しにまったく耐えられない。
自分たちが高校時代に作った稚拙な映画を思い出してしまった。
ストーリー展開に至っては、もうツッコミどころ満載だ。
葬儀帰りの夫婦と思われる二人が、カフェに立ち寄り窓際の席で飲み物を飲んでいる。
その次のシーンで、いきなりカフェの2階で沙知がパフォーマンス書道のように、大筆で書道を始める。
それはそれでいいのだが、その場になぜか葬儀帰りの夫婦がいる。
しかも、その夫婦が沙知が書いたバカでかい書を欲しがる。
展開が飛躍している、というレベルではない。
それ以上にカオスなのが、日高の知り合いの女性が訪ねてくるシーンだ。
原作の歌集が、リコーダーがテーマになっているらしいのでこのシーンは重要なシーンなのだと思うが、この知り合いの女性の行動が気味が悪い。
突然現れて沙知の部屋の前で待っており、日高が自殺でもしたかのように、部屋の中を懐かしむ。
そしてリコーダーを吹き始めるのだが、それを聞いて沙知が泣き出す。
その次のシーンで、沙知はなぜかベッドの中で目を覚ましている。
感極まって泣き出すのはいいが、来客、それも初めて会う人間が部屋にいるのに、ベッドで寝る人間がいるだろうか?
もしいたとしても、部屋の主がそんな状態でベッドに入ったら、客は帰らないだろうか?
沙知がどれだけ寝ていたのかわからないが、沙知が起きるまで日高の知り合いの女性は窓際でリコーダーを吹き続けていた。
観ていて頭がおかしくなりそうになった。
続いて「偶然と想像」。
「ドライブ・マイ・カー」でその名を世界に知らしめた濱口竜介監督の作品だ。
どちらの作品を先に撮影したのかはわからないが、日本での公開はこの作品の方が後のようだ。
構成は3つのショートストーリーのオムニバスで、それぞれは独立していて作品間の関連性はない。
まず第一話「魔法(よりもっと不確か)」。
ファッションモデルの芽衣子(古川琴音)は撮影後、スタッフのつぐみ(玄理)とタクシーに同乗した。
そして、つい最近つぐみが知り合った男性の話で盛り上がる。
つぐみは身持ちが固く、すぐに男性に気を許したりしないのだが、その人とは妙に気が合い、15時間も食事をしたりお酒を飲んだりして盛り上がったそうだ。
運命を感じたが、その日のうちに男女の関係にはならなかった。
芽衣子は興味深くその話を聞いていたが、先につぐみがタクシーを降りると、タクシーの行く先を変更した。
着いたのは和明(中島歩)が経営するデザイン事務所だった。
和明は芽衣子の元カレで、つぐみとの会話の間に、芽衣子はつぐみが運命を感じた男が和明だと気が付いたのだった。
第二話は「扉は開けたままで」。
佐々木(甲斐翔真)には奈緒(森郁月)と言う主婦のセフレがいた。
二人は同じ大学に通っていたが、奈緒は年齢もあり同じゼミの女子仲間から敬遠され孤立していた。
佐々木はテレビ局への就職が決まっていたが、大学の教官の瀬川(渋川清彦)が単位をくれなかったことで留年している。
もうテレビ局への就職は不可能だと思い瀬川の事を恨んでいたのだが、その瀬川が芥川賞を取ったと言うニュースが流れた。
しかも奈緒は瀬川の受賞作を絶賛している。
佐々木は自分と離れる事ができない奈緒を利用して、瀬川を陥れる事を考えた。
そして奈緒は、佐々木の命じるがままに瀬川の教官室を訪れる。
第三話は「もう一度」。
夏子(占部房子)は20年ぶりに、卒業した女子高のクラス会に参加していた。
だが元々友達の少なく卒業後は東京の大学に進学した夏子は、クラスメートの名前もほとんど思い出せないでいた。
一人だけ夏子を覚えてくれた友達がいて少し話をしたが、二次会にも参加せずホテルに戻ってしまった。
翌日、仙台の駅に向かう途中で、夏子は懐かしい顔の女性(河井青葉)とすれ違う。
向こうもこちらが分かった様子だ。
20年ぶりの再会を喜ぶ二人。
お茶でも、と言う話になったが、旧友が宅急便の受け取りがあるため帰宅しなければならない、しかし家はすぐそこだから家でお茶を飲まないか、と誘ってくれた。
旧友は立派な家に暮らし、一男一女に恵まれて幸せそうだった。
お互いの身の上を話したが、夏子は気になる事があった。
目の前にいる彼女は、今、幸せなのか。
夏子はその事を問い詰めようとする。
なぜなら、彼女はかつて夏子と付き合っていたからだ。
しかし旧友は夏子の言葉を止めて言う。
「私の名前を憶えている?」
夏子は彼女の名前を言うが、まったくの別人であることがわかった。
3話とも、会話を中心にした作品であるが、テイストはまったく異なる。
一話目は古川琴音の演技力と言うか、セリフの巧さが際立っている。
ストーリーが進むごとに3人の関係がより明らかになって行き、緊迫感が強まって行く。
タクシーの中、和明の事務所、ラストのカフェのシーンが全体の8割以上を占めるが、巧みなカメラワークで飽きさせることがない。
二話目は奈緒と瀬川の距離感が素晴らしい。
こちらもシーンのほとんどが瀬川の教官室だが、開いたままの扉を巧く使って緊張感が描かれている。
奈緒役の森郁月という女優はまったく知らなかったが、良くも悪くも目立つ顔立ちではないものの、演技力、存在感とも素晴らしく、この映画でのブレイクを感じさせた。
三話目は一、二話とは雰囲気がちょっと異なって、緊迫感はあまりない。
この二人が本当に赤の他人なのか、それともやっぱり高校時代の同級生なのか、そのあたりがわからないまま話が進んで行くところが面白い。
ヒリヒリ感が漂う一、二話を観た後の、ゆったり感が心地よい。
いずれの話も途切れる事のない会話の応酬で、ひょっとすると演劇が原作かと思ったが、そうではないようだ。
「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹の世界観を見事に表現していたが、村上春樹が好きではない人にとっては、ちょっと退屈に感じたのではないかとも思う。
一方この作品は、誰にでも楽しめる内容だ。
「寝ても覚めても」は正直面白いと思えなかったが、いずれにしろ引出しの多い監督であることは間違いないだろう。
84.春原さんのうた
85.偶然と想像
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