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「さよならドビュッシー」

原作は「このミス!」大賞受賞作で、監督が利重剛、主演は橋本愛だ。
なるほど、なるほど、さて、どんな内容ですか、と思って観に行ったが、予想だにしない作品になっていた。

香月玄太郎(ミッキー・カーチス)はワイン輸入業を営んで成功した男だ。
車いすの生活ではあるが、瀟洒な屋敷に息子家族、そして介護士と一緒に住んでいる。
庭は広く孫娘の遥は走り回り、本人は屋敷ではなく離れで暮らしていた。
そこに娘家族がやってきて、玄太郎にとってのもう一人の孫娘ルシアを預かってほしいと言う。
娘夫婦はやや危険な国に二人で赴任する事が決まったのだ。
遥とルシアは同い年でとても仲がいい。
玄太郎は快く引き受けた。
だがしばらくして娘夫婦の音信が途絶えてしまう。

その後、ルシアは遥と一緒に家族の一員として育てられる。
遥とルシアはピアノを習っており、遥はピアニストになる事が夢だった。
そして二人が高校生になった時、玄太郎の暮らしていた離れが火事となり遥とルシアも巻き込まれてしまう。
玄太郎とルシアは炭化するほどの状態で、遥も全身やけどで3週間もこん睡状態であったがなんとか一命を取り留めた。
事故の後遺症が残りくじけそうになる遥だが、ルシアとの約束のためにピアニストとなるべくリハビリを始める。

ちょっと長くなったが、ここまでが前段である。
そして、遥はかつて習っていたピアノの先生に再度教えを請おうとするのだが、事故の後遺症を理由に断られてしまう。
そこで現れたのが、新しいピアノ教師の岬洋介(清塚信也)だ。

この岬洋介役の清塚信也のオーラがとんでもない。
相変わらず原作は未読だが、本来はこの岬洋介が主役のシリーズらしい。
だが、利重剛が岬洋介を主役にせず遥(橋本愛)を主役にしたのは、岬洋介にプロのピアニストの清塚信也を起用したためだろう。
正直、演技と言う点では映画の主役を張るレベルではない。
しかし、岬洋介が遥にピアノを教えるシーンは圧巻である。
岬洋介が遥に伝えようとしている演奏に対する情熱が、スクリーンを通してビンビンに伝わってくる。
そのオーラは、そもそも清塚信也が持っている物なのだろう。
真摯、傾倒、情熱、敬愛、あるいは狂信、どんな言葉を使っていいかわからないが、演奏のためならどんな犠牲をも厭わないと言う、ピアノへの強い気持ちが溢れ出ている。
セリフ回しは若干拙い部分はあったが、立ち居振る舞いを含めた存在感が素晴らしかった。
「個性」とは悪い意味で使われるのではなく、本来はこういう人のために使う言葉なのである

ただこの清塚の存在感が、悪い方に作用しているような気もした。
清塚のオーラが凄すぎるので、何人かの演技がとても下手クソに見えてしまった。
いや、ひょっとしたら他の役者も清塚のオーラに圧倒されてしまい、演技に力が入りすぎてスベってしまったのかもしれない。
名前を上げると、酷かったのは父親役の柳憂怜と玄太郎の会社の重役役のサエキけんぞう。
まあ、サエキけんぞうはそもそもが役者じゃないから仕方ないとして、柳憂怜はすでにお笑い芸人ではなく役者なのだから、あの演技はちょっとなあ、という感じだ。
さらに、名前はわからないが刑事役の役者。
いやもう、この人が大根も大根、ひょうひょうとした役がらを心がけていたのかもしれないが、結果的にセリフが棒読みになっていた。
正直言って彼の演技には興醒めした。

またクライマックスシーンで、清塚の顔の絆創膏が左右入れ替わっていた。
当然、前後のシーンと別日に撮影したのが原因だとは思うが、明らかに記録係のミスである。
ただおそらくは、このシーンがあまりにも良かったので、制作陣がつい「これでもいいんじゃない?」と思ってしまい、撮り直しを躊躇したのだろう。
しかしプロであれば、たとえ撮り直しになっても同じだけのシーンが撮影できるまで、何度でも撮り直すべきである。
いくらなんでも、これはプロの仕事ではない。
その他にも、遥のリハビリが進むにつれて松葉杖が、脇の下から支える大きな物→肘を通す簡易型の物→スキーのストック型の物と変化しているのに、遥が学校内で陰口を叩かれるシーンだけ、順番通りではなく突然スキーのストック型が使用されてもいた。
制作者全員が清塚の存在感に引っ張られ、どこかおかしくなっていたのかもしれない。
あるいは単純に予算がなくて、撮り直しができなかっただけか?

いずれにしろ、利重剛は単なるミステリー作品ではなく、ピアノ演奏を前面に押し出した作品にしたいと思って清塚を起用したに違いない。
そしてその計算は、見事的中、いや利重の想像を超える物になっていたのかもしれない。
この狙いがズバリ的中したため薄っぺらいミステリー作品ではなく、登場人物の細かい心理面まで表現された、ピアノ演奏をモチーフにした繊細な作品として仕上がった。
原作ももちろん面白いとは思うけど、冷静に考えるとおかしな点が多い話である。
だが、ピアノ演奏シーンの素晴らしさに引っ張られて、そのあたりのおかしな点には観終わるまで気付かなかった。

ちょっとネタバレになるが、ストーリーはだいたい途中で結末がわかる。
なので、もっと遥とルシアが仲良かったシーンを前段に入れた方が良かったんじゃないの、と思いながら観ていたのだが、そのシーンはコンクールの演奏シーンでたっぷり流れた。
絵面的に、ピアノの演奏シーンを延々映し続けても飽きてしまうので、遥とルシアのシーンをここに持ってきたのである。
しかも、昔を懐かしむ古い8mmフィルムのような小賢しい技法は使用してない。
単純な画面でありながら、二人が何年も同じ場所で同じ思いを共有していた、という事がわかる映像が流れる。
この二人のシーンを含めたコンクールの演奏シーンは、ちょっと泣きそうになった。
ドビュッシーの「月の光」が心に沁みる。

良い部分と悪い部分があまりにもハッキリと浮き出ているため若干評価が難しいが、個人的にはとても好きな作品である。
おそらく、何かの賞を受賞する事は間違いないだろう。


10.さよならドビュッシー


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by ksato1 | 2013-02-03 13:41 | 映画 | Comments(4)
Commented by しげき at 2014-04-22 00:29 x
遅ればせながら、はじめてこの映画を観ました。感想、その他、まさに私も同感で自分の思いをそのまま書いてもらえてる様で思わずコメントしました。
特に役者の下手さが気になってしまい、ストーリーに集中できませんでした。私もつい、この刑事役が誰なのか調べてて、このブログに行き着いたのです。柳憂怜もダメでしたね、そして加えるなら医師役もダメでしたね。
絆創膏は私も気付きましたが、役者本人も何とも思わなかったんですかねぇ
Commented by ksato1 at 2014-04-22 10:54
>しげきさん

コメントどうもありがとうございます。

なんとも言えない不思議な映画で、その後「あまちゃん」でブレイクした橋本愛が主役で出演していたにもかかわらず、上映終了後はほとんど話題にもなりませんでした。

映画の出来を考えれば仕方ないのかもしれませんが、清塚信也がすごいオーラだっただけに、もうちょっと評価されてもよかったかなという気もします。

>絆創膏は私も気付きましたが、役者本人も何とも思わなかったんですかねぇ

たしかにその通りですね。
まあ、清塚信也が本職の役者さんではないですから、気付いていても言い出すタイミングがなかったのかもしれませんけど(^_^;;
Commented by あんこ at 2016-09-24 22:53 x
こんにちは。初めまして。
何年も前に投稿されたもののようですが、今日この映画を初めて見て、同感だったのでコメントさせていただきます。
映画の感想については、全く同じ意見なので特に書くことはありませんが、私は原作を読んですごく面白いと感じ、映画に期待して観てみたものの、あれっ?という感じでとても驚きました。
でもやはり映画でもクオリティーが違うだけで面白さにこんなに差が出てくるものなんだ、とこのブログを見て納得できました。何故かわからないけどスッキリもしました(笑)ありがとうございます。
ですが、投稿主さんは原作を読んでいないとのことでしたので、ぜひ中山七里さんの原作を読んでいただきたいと思いました!ブログの中でストーリーに不備があると述べておられましたが、原作とは内容が少し違っていたので、映画の内容でうまく繋がらない部分があったのだと思います。原作は話の流れも非常に良くできてますし、前半の話が細かく描写されているので、最後の場面はより衝撃が大きかったのを覚えています。勝手に現れて本を勧めるなんて、ほんと自己中ですみません!でもよければ原作も知っていただけたらなと思います。
長文失礼しました。(所々分かりづらい文章で申し訳ないです。)
Commented by ksato1 at 2016-09-26 17:53
あんこさん

コメント誠にありがとうございます。

なるほど、映画と原作では内容が少々異なるんですね。
上映時間の関係で、撮影はしたけれどカットされてしまったのかもしれませんね。

ストーリーがきちんと流れるとのことですので、原作の方も読んでみたいと思います。

ちなみに、映画とは別にちょっと前にTVドラマにもなっているんですよね。
私はそれは見ていないのですが、映画版、そして原作とどう違っているのか、見てみたかったです。

ご指摘どうもありがとうございました。

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