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「ヒミズ」

「冷たい熱帯魚」「恋の罪」と園子温作品は3作連続で観ているが、この作品が一番わかりやすく、かつ一番の傑作であると思う。
過去2作品が、実際に起こった事件を元に現代社会の闇を生々しく切り取っているのに対し、この作品はベースとなる原作があったためか、主題がはっきりと描かれている。
その主題とは、絶望、そしてその先にある虚無と諦観、さらには希望である。

園子温自身、この作品を「希望に負けた」と説明している。
絶望も行きつくところまで行きつき、なれるだけヤケっぱちになったら、もうそこから先には何もない。
もちろん絶望の後に死を選ぶ事もできるだろうが、死を選ぶ事を「安易な選択肢」と考えた場合、後はもうどんなにイヤでも希望を持つほかなくなるのだ。

そもそも原作に近い形で仕上げていた脚本を監督が大幅に書き換えたのは、3.11の震災直後、クランクインの直前だったらしい。
原作とは登場人物の設定やラストが大きく異なるようだが、監督は大いなる意思を持って、この脚本に書き換えたようだ。
監督自身の言葉によると「映画の中で『がんばれ』という言葉が出てきますが、これまでは無責任だし誰でも言える、好ましくない言葉だと思っていました。でも、今の過酷な現実を前にして希望を持たざるを得なくなったし、絶望だけではやっていけないと思うようになった」からだそうだ。
また「映画の中にある『がんばれ』には、『希望だ!』ではなく、自分に言い聞かせるように『仕方ない。希望を持つか』というやけっぱちな思いを込めている」とも語っている。
ちなみに、上記は以下のインタビューページからの引用だ。

●「希望に負けた」という気持ちで 『ヒミズ』園子温インタビュー
http://www.cinra.net/interview/2012/01/02/000000.php



「ヒミズ」は漢字で書くと「日不見」で、モグラの1種である。
主人公の住田祐一(染谷将太)は、川っぺりのボート小屋で母と二人で暮らしている。
父親(光石研)は放蕩しており、カネをせびりにたまに帰ってくるだけ。
そんな父親に愛想を尽かした母親も酒びたりの生活を続け、挙句の果てに住田を残して愛人とトンズラこいてしまう。
そういう境遇に育った住田だから、大人を信用せずにバカにする事によって、自分のアイデンティティを確立していた。

と言っても、「オレはお前らとは違う、特別なんだ」なんて青臭い事は言わない。
「みんな世界に一つだけの花だ、夢を持て」という教師に「特別なんていらない、普通サイコー!」と言い、中学卒業後は「ここには大きな幸福はないが、きっと大きな災いもないだろう。オレはそれで大満足だ」と言う理由でボート小屋を継ぐつもりでいる。
中学生で無理やり自分の境遇を受け入れさせられ、それに対して励まそうとする大人たちの言葉をすべて拒絶しているのだ。
それは世を拗ねて自棄になっていると言う訳ではない。
時折帰って来る父は、「お前が死ねば保険金がおりて助かるんだよ」と何度も住田を罵倒する。
それゆえ、自分が生まれた意義を正当化するために、「自分は特別に不幸な存在ではない、普通なんだ」と頑ななまでに思い込み、生きようとしている。

この中学生にして達観し、誰の干渉も受けずに強く生きようとする住田を、染谷将太が天才的な演技で熱演している。
染谷将太はどちらかと言えば、眠そうな顔で無表情である。
最初はそういう無感動な子どもなのかと思わせておいて、実は自分を守るために強い信念にしがみついている事が、少しずつわかってくる。

その住田に思いを寄せる少女、茶沢景子(二階堂ふみ)。
最初は単なるちょっと変わった女の子なのかと思いきや、この茶沢景子も家庭内に深い闇を抱えていた。
世の中の仕組みがわかってきた中学生にとって、学校や家庭内での不安が与える影響は大きいと思うが、茶沢は複雑な境遇の中でもしっかり生きている住田を心の拠り所として、彼に強く強く惹かれていく。
やがてそれは、自分が住田を守らなければならないという、茶沢のアイデンティティになっていくのだ。

そしてこの茶沢景子役の二階堂ふみが、染谷将太以上の演技をしている。
見た目はちょっと宮崎あおいに似ているが、演技も同等か、下手すればそれ以上だ。
ちょっといたずらっぽく笑ったり、住田を励ましたり泣いたり、ピュアな茶沢の思いがスクリーンからほとばしってくるようでもある。
これまでの園子温作品同様、光の見えない展開のうえに暴力シーンが続くのだが、このいたいけな茶沢景子がいるだけで雰囲気がガラリと変わってくる。
ものすごい存在感だ。

物語のターニングポイントから、住田は「オマケの人生」と銘打ち、犯罪者を殺す事で魂の浄化を試みようとする。
だが、犯罪者を殺す事なんてそう簡単にはできる訳がなく、無力感に打ちひしがれる。
かと言って、自ら死を選ぶ事もしない。
何も達成できない虚無感に包まれたまま街を徘徊し、やがてボート小屋へと戻る住田。
そこでは仲間と茶沢が暖かく住田を迎え、住田はさらに自分が無力な存在である事を知らされる。

脚本の書き換えで登場人物の役割は大きく変わっているらしいが、これも非常に効果的だったと思う。
特に夜野が住田と対をなす存在となっている点が、とても効いている。
大震災後の石巻市の映像については賛否両論あるだろうが、夜野が被災ですべてを失ったという設定は、この住田と夜野が似た境遇に見えて実は真逆にいるという部分で、説得力があったと思う。
ただピザの配達と監禁された少女など、原作からちょっとだけつまんできたらしいエピソードなどは、たぶん脚本の変更によってわかりづらくなってしまっている。
神楽坂恵なんてストーリー中でほとんど機能していないので、出演する必要があったのかとも思う。
ひょっとしたら脚本の変更ではなく、監督がただ単に彼女を大好きで使いたかっただけかもしれないが、いずれにしろ今回の作品ではとても中途半端な状況になってしまった。
こういう出演だとなんだか神楽坂恵が安っぽく見えて、ちょっともったいない気もした。

ロウソクの灯りの中で住田と茶沢が二人の未来を語る場面からラストシーンにかけては、本当に素晴らしい。
監督は前記のインタビューの中で、「大人同士の愛であればラブシーンは必要かもしれないけれど、今回の映画でそれは必要ないと思ったし、なくても成立するという確信がありました」と語っているが、ラストまで二人をピュアな存在にした事が、ある意味この映画の成功の要因でもあるかもしれない。

エンターテイメント作品とはとても呼べないが、すでにヴェネツィア国際映画祭で染谷将太と二階堂ふみがマルチェロ・マストロヤンニ賞を獲得しているように、いろいろな面で評価されてしかるべき作品である。


17.ヒミズ


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by ksato1 | 2012-02-07 21:22 | 映画 | Comments(0)