「時をかける少女」

さて4月1日に観た「時をかける少女」だ。
ハッキリ言って、思いっきりツボを突かれた。
しかも、一つではなくたくさんのツボを突かれた。

監督の谷口正晃という人は、この作品が初監督作品らしい。
そのためか、映画自体は割合稚拙な部分も多い。
予算もあまりなかったのだろう。
自然光によるシーンが多いので、なんとなく画面全体がチープにも感じる。
ストーリーも直線的だし、カメラワークや伏線の張り方も教科書通り、っていう感じ。
ただ、そんな作品がこんなに感動させてくれるのは、まず仲里依紗の非凡な演技力だろう。

ともすれば観ている方が恥ずかしくなるほどの、コテコテの青春映画だ。
でも仲里依紗の演技が素晴らしく、どんどん引き込まれてしまう。
特に銭湯から帰るシーンや、涼太が傘を持って駅まで迎えに来るシーンでは、少しずつ距離を縮めるあかりと涼太が見事に表現されている。
シリアスな部分とコミカルな部分のメリハリも完璧。
もう、仲里依紗の魅力が大爆発だ。
クライマックス前の、二人でコタツに入っているシーンもいいしね。
中尾明慶の70年代の映画青年ぶりもよかったけど、仲里依紗が素晴らしすぎるのでちょっとかすんでしまう。

そして、製作スタッフがいかに映画を愛しているかが伝わってくるような、細部にこだわった丁寧な作りも素晴らしい。
それは、70年代の街並みを再現しているとか、そういう事ではない。
いや、その部分も丁寧に作られていて、たとえば当時駄菓子屋によく置かれていたファンタオレンジのレギュラーボトルなんかも映っていたりする。
でもそういう部分ではなくて、たとえば涼太たちが撮影した8mmフィルムは現像直後にはまだ音が入ってなかったり、涼太があかりを見ているのが映写機ではなくビューワーの中だったり。
監督はおそらくかつて8mm映画を撮っていて、自分たちがその時感じた経験をそのまま物語の中に取り入れたかったのだろう。
例にあげた部分はマニアック過ぎてわかる人は少ないかもしれないが、映画全体にわたって、監督が撮りたいと思った事にこだわって仕上げているのだ。

その強い思いは、過去2回映画化された「時をかける少女」という作品についても同じ事が言える。
監督は「時をかける少女」が大好きで、どうしても自分で続編が作りたかったのではないだろうか。

今回は主人公のあかりと映画青年の涼太の切ない恋がストーリーのメインになるのだが、そのために舞台を東京に置き換えている。
そして深町と芳山和子の出会いも、中学に変更されている。
でも肝心な部分は、大林版の「時をかける少女」のイメージを壊さないように作られている。
芳山和子は大学で化学の研究をしているし、吾朗ちゃんは酒屋を継いでる。
ラスト近くの深町とあかりがすれ違うシーンをはじめ、大林版へのオマージュと思われるシーンがいくつもある。
芳山和子は安田成美で吾朗ちゃんは勝村政信が演じているのだが、ここまでするのなら、いっそのこと原田知世と尾美としのりでも良かったんじゃないかとさえ思う。
音楽も、当時の松任谷正隆の音楽をそのまま使えばよかったかもしれない。
ちなみに、芳山和子がなぜ大学の研究室にいるのか、大林版でも若干触れられていた答えが、この映画の中にハッキリと描かれている。

ただし、ハッキリ言って思い入れが強すぎる面もある。
当時の8mm映画をどうやって作っていたかなんて、今映画を見ている人はほとんど知らないだろう。
今のPCでの動画編集と違って、手作りの8mm映画はかなりお金もかかって時間もかかる。
そんな映画製作に情熱をかけ夢を追う涼太にあかりはどんどん惹かれて行くのだが、その部分がわからないと単純に一緒に暮らしているうちに仲良くなっちゃった、としか見えないかもしれない。
そういう意味で、あまり一般受けする作品ではないような気もする。
実際、ネット上では賛否が大きく分かれている。

でも私はツボを突かれたよ。
マニアックな部分も含めて、言い部分も悪い部分も全部好きだ。
好き過ぎて、あのシーンはこう撮った方がよかったんじゃないか、とかいろいろと考えちゃったよ。
あかりがフィルムを観て泣くシーンは、目だけのドアップが良かったんじゃないか、とかね。
できれば瞳の中に、上映されているフィルムが反射で映ってるくらいの。

青春映画としても楽しめると思うけど、仲里依紗のファンならさらに楽しめるし、大林版の「時をかける少女」が好きだった人ならもっと楽しめるし、8mm映画を撮っていた人ならもっともっと楽しめる作品だ。
個人的には今のところ今年1番の作品かな。


27.時をかける少女



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by ksato1 | 2010-04-07 13:17 | 映画 | Comments(0)