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第二章を観てだいたいのところがわかった。

そうか、そういう事か・・・。
第一章の時に「重要なシーンが抜けている」と思ったが、それはおそらく制作者によって「あえて外されていた」のだ。

今回は、2015年が主な舞台となっている。
そう、もともと原作も2000年大晦日まで、2015年まで、そして「ともだち歴」と、大きく分けて3部の構成になっている。
そして映画もこの3部に分かれた原作と、ほぼ合わせて制作されている。

しかし原作の内容を、3本の映画にすべて詰め込むことはできない。
したがって制作者は、映画に必要な部分だけを慎重に選びぬき、それ以外の部分はバッサリ切り落としているのだ。
今回は、この「慎重に選んでいる」という部分がよくわかった。

原作で第二章にあたる部分では、オッチョがなぜタイでSHOGUNとなったのか、仁谷神父がなぜ神父になったのか、このあたりの感動的なサブストーリーがあった。
しかし映画ではオッチョのエピソードはほんのちょっぴり、仁谷神父のエピソードは今のところ丸々カットされている。
毎週原作を楽しみにしていた自分としては本当にもったいないとも思うが、逆にストーリーの本筋が最短距離で描かれている。
週刊で読んでいた時には「あれ? この人間関係ってそもそもどうだったんだっけ?」と、話が数週間サブストーリーに飛んで本筋に戻った後迷う事もあったが(浦沢作品はこれが多い)、映画ではそれがない。
非常にスピーディーに話が展開する。

その事をどう判断するかは「原作に対する思い入れ度」で人によって異なるだろう。
だが、この作品を実写映画化するとしたら、これしか方法はない。
逆にすべてを詰め込んでこれ以上長くすると、ダラダラと冗長になってしまう。

そして第一章でカットされた場面、「ともだち」が誰であるかがわからなくなる重要な布石も、あえてカットされたのだ。
なぜなら実写映画の最大の欠点で、背格好や体系でそれが誰なのかだいたい推測できてしまう。
だったらせっかくのシーンではあるが、無駄になる可能性が高いのならバッサリ行こう、そう判断されたに違いない。
結果として第二章も話はテンポ良く進み、特にクライマックス、歌舞伎町教会を中心としたシーンは迫力満点だ。

さらに各シーンもところどころ、順序が入れ替わっている。
そしてこのまま行けば、原作を読んでいた人間にとっても最大の謎、「○○は●●までどこでどうしていたのか?」という部分も、第三章で明らかにされるかもしれない。
ただ原作とはラストを変えて、この部分を一切なかったことにする可能性も、結構ありそうだけどね。

ちなみに浦沢&長崎コンビで言えば、「MONSTER」の本編連載中に残った謎は、「もうひとつのMONSTER」という本で解説されている。
この本はヴェルナー・ヴェーバーという架空の作者が登場人物にインタビューをするという設定で、ノンフィクションタッチで構成されている。
アイディアも秀逸で、「20世紀少年」についても連載終了後に、この手のサブテキスト的な本が発行されるのではないかと思っていた。

だが「20世紀少年」ではまだ、本編を補足する書籍は発行されない。
そしてひょっとしたら、浦沢&長崎コンビはこの3部作の映画で、「20世紀少年」を完成させるつもりなのかもしれない。
長期の連載中に生じた、細かな矛盾や置き去りにされた謎をすべてこの映画で清算し、この作品ですべての完成と位置付けるのかもしれない。
それはそれで、面白そうだ。

いずれにしろ、第一章を観終わった時点で感じていた「ひょっとしたら世紀の駄作になっちゃうんじゃない?」と言う不安は解消された。

今作品ではカンナが主役なのだが、平愛梨がすごくいい。
何がいいって、走りっぷりがすごくいい。
原作のカンナも、こんな風に常に全力で走っていたよ。

さらにいいのが小泉響子役の木南晴夏だ。
この子の表情はまさに小泉響子、驚く顔や嫌がる顔など、浦沢直樹の描くちょっとデフォルメした漫画顔を、見事実写で表現している。
ある意味天才と言っていいかもしれない?

そして、原作とはちょっと違う部分もあるんだけど、なぜこんなにこの映画に引き込まれてしまうのかがわかった。
ストーリーは若干変えていても、登場人物のキャラクターをできるだけ忠実に再現しているのだ。
だからこそ、原作と異なる部分に違和感を感じつつも、ストーリーに引き込まれてしまうのだ。

第三章でどのような結末になるかはわからないが、おそらく期待していいんじゃないかと思う。


12.20世紀少年-第二章-最後の希望
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本日から「20世紀少年」の第二章が封切り。
それに伴って昨夜は「20世紀少年 もう一つの第一章」なる番組が放映された。

まあズバリ言って、第一章を4/5程度にカットした作品に、語り部となるカンナのシーンを数分足したもの。

なんでこんな中途半端なモノ放送したかと言うと、日テレは一昨年「デスノート」の第二部公開前、第一部を劇場封切りから1年経っていないのに地上波で放送して、フジテレビにエラく抗議されたから。
どうも地上波の紳士協定として、封切り1年以内の作品は放送しない、と言うものがあるらしい。

それがいいか悪いかという話は別として、おそらくその時の教訓から、今回はモメないようにこういう作品にしたのだろう。

でも、ものすごく中途半端。

そもそも第一部は原作から非常に重要なシーンが抜け落ちている上に、さらにこの放送ではクライマックスシーンを端折っちゃったので、肝心の「ともだち」の正体が誰なのか、まさかこいつだったのか、という点で、気の抜けたサイダーのようになっちゃってる。
もはや、「ともだち」の正体の部分はどうでもいいや、的な展開だ。

まあ原作自体、「21世紀少年」まで行っちゃうと、結局「ともだち」って誰なんだっけ、てな形で終わるんだけどね。
それにしても、原作をずっと読んでいた自分としては、この展開はどーよ、と思う。

ただ、第一章を観た後で書いたけど、ひょっとしたら原作とラストを変えてくる可能性もあるんだよね。
「21世紀少年」でややグズグズなラストになっているので、その部分をスッパリ切るための布石かもしれない。
ちなみに抜け落ちているシーンのヒントは「ケンヂ特製ケンちゃんライス」だ。


ところで、本日の日刊スポーツ芸能面に、第二章の映画評が載っていた。
これがまたダメダメ。

ビックリしたのが「第一章、第二章を観てまだ『ともだち』の正体がわからない」だって。
第一章観ただけで、原作読んでなくても「ともだち」の正体わかるでしょう、フツーの感覚なら。
私と一緒に仕事しているデザイナーのNさんも、原作は読んでないけど「ともだち」の正体一発で言い当てたし、これで「わかりません」って言うなんて、どこまで鈍いのか・・・。

まあ、まだ第二章を観てないから、ひょっとするとその中で『ともだち』が誰なのかまったくわからなくなるような演出が、なされているのかもしれないけど。
それでも「第一章でめぼしを付けていたが、第二章でまたわからなくなってしまった」って表記になるよなぁ。
いずれにしろ、この第二章でこのシリーズが成功かどうか、だいたいわかりそうな感じだ。
そういう意味で楽しみなのだが、あんまり過度な期待をしない方が、いいような気もしている・・・。
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【<太陽の塔>「ともだちの塔」に変身! 映画「20世紀少年」プロモーション】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090119-00000023-maiall-ent


「20世紀少年」は総制作費60億円と言われていたが、そのうちの8000万円はこれでしたか。

実際の塔を見てみたかった気もちょっとする。

第2話は今月末から公開だが、年末にカミサンの付き合いでブック・オフに行った時、原作を少し立ち読みして重要なシーンを復習した。

やっぱり、第1話には重要な伏線となる「あのシーン」がないんだよね。
それをどう処理するのか。
単純に映画の長さを考えて、編集の時にブッた切って端折っただけかもしれない。
もしそうだとしたら、ガッカリだ。
だってそのせいで、原作を読んでいない人にも誰が「ともだち」かすぐに分かってしまうから。

ひょっとしたら、原作と結末を変えるためにわざと「あのシーン」をカットしたんじゃないかとも思えるんだけど、はたしてどうなんだろう。

第2話を観れば、ある程度の事がわかりそうだ。
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