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「CYBORG 009 CALL OF JUSTICE 第1章」

2012年に「009 RE:CYBORG」というサイボーグ009を冒涜する映画が公開された。
それほど大きくないスクリーンであったが客席は期待するファンでほぼ満席、しかし観終わった後の観客はみな呆然として何も言葉を発しなかった。
それくらい、意味がまったくわからない映画だったのだ。

そして今年、同じ監督による新たな3部作が作られた。
面白くない事は200%わかっていたが、サイボーグ009作品ということであれば、観に行かない訳にはいかない。
(昨年の「サイボーグ009 VS デビルマン」は知らない間に公開されていたので観てないのだが)

で、まずは第1章だが、想像通りのつまらない作品だった。
だが、想像を遥に超えたつまらない作品でなかった分だけ「良し」としなければならないのかもしれない。

テキサスの田舎で世間から隠れるように暮らしていたギルモア博士と00ナンバーサイボーグたちの元に、ルーシー・ダベンポートという名のジャーナリストが訪れる。
彼女は00ナンバーサイボーグが誕生した50年前から現在まで、すべての事件と活躍の写真を持っていた。
そこに映っているのはあなたたちなのかと、問い詰めるダベンポート。
ジョーやフランソワーズは否定せず、世間に公表したければすればいい、とダベンポートに言う。
しかしダベンポートの目的は、00ナンバーサイボーグの存在を世間に公表する事ではなかった。

彼女の父ダベンポート博士は、娘にキューブ形の物体を残し、死ぬ間際に「このキューブを解析できるのはギルモア博士とイワン・ウィスキーだけだ」と告げて死んでいた。
ダベンポートは、父の言葉を信じてギルモア博士に会いに来たのだった。
さらにダベンポートは、父親は太古から人類を支配する異能種「ブレスド」によって殺されたのだと言う。
取りあえずギルモア博士は、国連軍のガーディアンズにダベンポートの警護を依頼した。

しかしガーディアンズの到着を待たず、すぐに異常な能力を持った男たちの襲撃を受けてしまう。

まず、そもそもこの作品はどんな層をターゲットに作られたのかがわからない。
新旧合わせた大人向けのファンなのか、あるいはグッズを売るために子ども向けに作られたのか。
期間限定公開という事なので、おそらくは前者なのだろう。
しかしそれにしては、設定およびストーリー展開があまりにも稚拙だ。
21世紀になって15年、平成に至っては28年も経つのに、アニメ全盛期の昭和時代、それもガンダム以前の宇宙戦艦ヤマト時代を彷彿させる脚本である。

90分の作品のうち、現在の状況説明、一人の目ブレスドとの戦い、二人目のブレスドとの戦い、ガーディアンズの到着が、ほぼ均等に割り振られている。
しかも、場面は全部同じテキサス。
高校生が学園祭で作った映画かと思うほど、幼稚なストーリー展開である。
製作者は、この脚本で大人が満足すると本気で思ったのだろうか?

ブレスドの能力も、戦闘時には効力を発揮するかもしれないが、人類を支配するために役立つ能力とは到底思えない。
まったく深みがなく、単純に00ナンバーサイボーグたちと戦うためだけに登場したとしか思えないキャラクターだ。
まあこの部分はこの後の第2章と第3章で、「あの二人は戦闘用の下っ端のブレスドだ」という展開になるのかもしれないけど。

それ以外にも、中途半端に「エントロピー」などと言う科学用語を使っている点もチャンチャラおかしい。
00ナンバーサイボーグはあくまでもサイボーグであって、アンドロイド、いわゆるロボットではない。
なので誕生から50年経過していれば、それだけ老化しているはずなのだ。
たしか原作の「ベトコン編」でジェットが片足を失った時も、ジョーが無理矢理縛って応急処置をしていたら、後からギルモア博士に「君たちはロボットじゃないんだ、だから循環器系はきちんと循環させないと腐ってしまうんだ」と言われていたはずだ。
皮膚やその他の臓器などもすべて強化している、と言う設定にもできるが、少なくとも脳は強化できないだろう。
脳を新しくしてしまったら、それはもうサイボーグではなくアンドロイドになってしまうのだ。
百歩譲って00ナンバーサイボーグたちはそれでいいかもしれないが、ギルモア博士はいったいいくつだよ、と言う話になってしまう。
そのあたりの大前提にまったく触れずに「エントロピー」などと言う科学用語を使っている所に、この映画の監督の薄っぺらさがにじみ出ている。

今回はオールドファン向けに、原作スタート当初のエピソードを無理矢理盛り込んだのかもしれない。
しかし重要な事はそこではないのだ。
原作スタートのエピソードを盛り込めば話に大きく矛盾が出る事は、ちょっと考えれば高校生でもわかる事だ。
そうではなくて、原作の設定を活かしながら、現在の状況に落としこむ事が作品を作ると言う事なのだ。

とは言うものの、まだ後2作品残っているので、本当のダメ出しはその2作品を観終わってからにしようと思う。


104.CYBORG 009 CALL OF JUSTICE 第1章



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by ksato1 | 2016-11-30 07:00 | 映画 | Comments(0)

「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」

いよいよ公開されたハリポタ・シリーズの最新作。
私が観た公開初日の12:50~の上映回は、子どもも見やすい日本語吹替版という事もあって、中くらいの広さの劇場だが完売状態であった。

イギリス人魔法使いのニュート・スキャマンダー(エディ・レッドメイン)はNYに来ていた。
銀行の前で魔法使い追放を訴える救世軍の演説を聞いているうちに、鞄の中から魔法生物が逃げ出してしまう。
キラキラ輝く物が好きな、カモノハシに似たニフラーだ。
銀行の中に逃げ込むニフラーを追いかけているうちに、スキャマンダーはパン屋開店を希望しているジェイコブ・コワルスキー(ダン・フォグラー)と知り合う。
コワルスキーに魔法を使っている所を見られてしまうが、彼の記憶を消す前に彼は逃げ出してしまった。
その場面を、アメリカの魔法使いティナ・ゴールドスタイン(キャサリン・ウォーターストン)に見つかってしまう。
記憶を消さずにコワルスキーを逃がした事で、ティナはスキャマンダーを拘束してアメリカ魔法議会に連行した。
だが、ティナが顛末を報告しようとするものの、ピッカリー議長(カルメン・イジョゴ)はとりあってくれない。
ヨーロッパで大暴れしている闇の魔法使いグリンデルバルドがNYに上陸した可能性があり、その調査で忙しいのだ。
代わりに魔法保安局長のグレイブス(コリン・ファレル)がやってきて、スキャマンダーの鞄をチェックする。
しかし鞄から出てきた物はパンだった。
銀行でコワルスキーの鞄と入れ替わってしまったのだ。
スキャマンダーとティナは、慌ててコワルスキーの元に行き鞄を取り返す。
しかし時すでに遅し、何体かの魔法動物は逃げ出してしまった。
何が起こったのかわからず呆然とするコワルスキーを連れ、スキャマンダーとティナはティナの部屋に向かう。
そこでティナの妹のクイニー(アリソン・スドル)のもてなしを受け、落ち着くスキャマンダーとコワルスキー。
部屋に案内されてすぐに鞄の中を確認したスキャマンダーは、コワルスキーとともに逃げた魔法動物を探しに行く。

映画単体としては、そこそこ面白かった。
魔法動物もなんだかよくわからないモノも多かったが、ストーリーに関わってくる動物たちはなかなかいいキャラばかりだった。
パン屋志望のコワルスキーも、憎めなくてストーリー内で強烈に機能している。
だが、ラストのオチが気に入らない。
ネタバレになってしまうので詳しく書けないが、魔法使いの映画でラストに「アレ」がアリならば、もうなんでもアリになってしまう。
ハリポタの時にも、最後は「アレ」ですべて解決、という事はなかったはずだ。

また、そもそも私が予想していたストーリーとはだいぶ違っていた。
時代背景はハリポタシリーズの数十年前、3人組がホグワーツで学んでいた頃には、スキャマンダーが発見した魔法動物やそれに関する文献などが登場していたはずだ。
まだ魔法使いの世界も混沌としている時代で、スキャマンダーが未開の地でいろいろな魔法動物を発見する冒険譚かと思って期待していた。

しかし実際には様子がかなり異なった。
まず物語の冒頭で、闇の魔法使いグリンデルバルドがヨーロッパで大暴れしている、というところから始まる。
この段階で、ハリー・ポッター本編とほぼ同じストーリー構成である事が確定した。
そしてクライマックスシーンで、グリンデルバルドを大物俳優が担当している事がわかり、この後のシリーズもスキャンダー vs グリンデンバルドで進む事が想像できてしまう。

本編のシリーズも魔法と学園モノと言うシチュエーションで人気を博したが、途中から風呂敷を広げ過ぎて収集がつかなくなり、主要人物が少しずつ死んで行き、ラストもシリーズ中盤で結末がほぼ見えてしまうというかなり安易な展開だった。
そもそも原作は児童文学だからまあこんなものかと思っていたが、新シリーズまで同じ展開と言うのは、やっぱりこのあたりがJ・K・ローリングスの力量の限界なのかと思わせた。

最初からスキャマンダーがグリンデルバルド逮捕に協力した、という設定であればわかるが、グリンデンバルドはダンブルモアとの戦いに敗れて収監されたはずなので、今回のスキャマンダー・シリーズにグリンデルバルドを組み込むのは、ちょっと強引な印象を持った。
グリンデルバルドとダンブルモアの戦いが所々でエピソード的に組み込まれるのであれば、ハリポタ全体の世界観が大きく広がると思うのだが、本作を観ると、スキャマンダー・シリーズにはガッツリとグリンデンバルドが登場してくる事はほぼ間違いない。
修行途中の若造と闇の大物が戦うと言う図式は、キャラクターを入れ替えただけで完全にハリポタの再現だ。

そうではなくて、せっかくスキャマンダーと言う非常に魅力的なキャラでシリーズを作るのだから、インディ・ジョーンズのように、いろいろな未開地で危険な冒険を繰り返しながら希少な魔法動物を救出する、というシリーズにした方が面白かったと思う。

できれば、今回のグリンデルバルドはダンブルモアとの戦いシリーズ制作まで取っておいて、スキャマンダーには自由闊達に世界中を冒険して欲しい。
そもそもタイトルが「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」なのだから。



103.ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅


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by ksato1 | 2016-11-29 06:31 | 映画 | Comments(0)

「聖の青春」

ちょっと評価が難しい作品だ。
映画としての完成度は高いのだが、将棋について知識のない人にとっては全体の流れがまったく理解できないだろう。
ただ、そう言う人が見に来る可能性は低いかもしれないので、これはこれでいいのかもしれない。

1993年、日本将棋連盟関西本部に所属していた村山聖(松山ケンイチ)は、前年のリーグ戦を勝ち上がり7段となった。
ちょうど時代の寵児羽生善治(東出昌大)を筆頭とする「羽生世代」が頭角を現し、将棋界は世代交代の波を迎えていた。
そして自分の意思と関係なく聖も「羽生世代」の一人と考えられていた。
聖は羽生に強烈なライバル心を抱き、関西本部所属では羽生と互角に戦えないと考え、師匠の森信雄(リリー・フランキー)に相談し、関東本部へ移籍する事にした。
幼いころからの持病腎ネフローゼを抱え、体調不良の日が多い弟子を案じ、森は将棋雑誌の編集長をしていた橋口(筒井道隆)に身の回りの世話を頼んだ。

元々がそうなのか、あるいは幼少時の病気による長期入院が彼をそうさせたのか、聖は人付き合いが極端に下手であった。
先輩や年上の人間にもストレートに批判をし、それでいてさみしがりな部分も持つなど、一言で言って面倒くさい性格であった。
しかし将棋の棋力は、誰もが認めざるを得なかった。
「終盤は村山に聞け」という言葉すらできたほどである。

だが、元々持病があるのにジャンクフードの食生活や深酒、徹夜のマージャンなど節制を怠ったため、聖の病は進行して行く。
それでも、タイトル戦で羽生へ挑戦もしていた。
対戦成績で羽生と互角の聖の挑戦は、話題となりマスコミも大きく取り上げていた。

だがその後は、長期戦では体力が持たない事もあり、せっかく昇進したA級リーグからも陥落してしまう。
さらに、膀胱ガンを発症している事もわかった。
それでも同じような生活を送っていた聖だが、やがて余命宣告を受けてしまう。
脳が鈍るから、という理由で麻酔を拒否しようとした聖だが、さすがに師匠からの説得を受け手術する事を決断する。
聖は実家の広島で療養した後、再び東京に戻ってリーグ戦を戦う。
しかし、看護婦を伴った一戦は長期戦で深夜にまでおよび、集中力を欠いた聖は痛恨の落手で敗戦してしまう。

その後病状が悪化し、聖は1998年A級リーグ所属のままこの世を去ってしまった。

私自身、将棋については駒の動かし方を知っている程度だが、かつて所属していた会社が「週刊将棋」というタブロイド版を出していた事もあり、村山聖という破天荒な天才が夭逝したという話は知っていた。
そして原作は読んでいないが、かつて藤原竜也の主演で放送されたSPのTVドラマも見ていた。

彼の死後にエピソードとして知ったのだが、非常にぶっきらぼうな性格であるものの、なぜか誰からも愛されていたそうだ。
師匠もまた「この師匠にしてこの弟子あり」的な破天荒な人で、他の師匠ならおそらく数カ月で破門になっていてもおかしくなかったそうだが、病気で伏せる弟子のパンツまで洗濯したそうである。

この映画は原作を基にしたフィクションではあるが、制作者はできるだけ取材をしたうえで、実在の人物の設定を生かそうとしている。
例えば、師匠の森信雄役のリリー・フランキーの歯がヤニで黄色かったりする。
聖の部屋はメチャメチャ汚くて、積まれた段ボールは広島と書かれた文字が多い。
酒を痛飲するシーンも多いが、聖はワインを飲むシーンが多いので、おそらくワインを好んでいたのだろう。
細かい部分にこだわる事によって、聖のキャラクターをより鮮明に浮き上がらせる演出をしている。
そして聖役のマツケンをはじめとした役者陣も、その演出に見事に応える演技を見せている。
特に、羽生善治役の東出昌大の演技は秀逸だ。
将棋にそれほど興味がなくともさすがに羽生善治はTVでよく見かけるが、質問への受け答えの仕方、首の傾げ方など、羽生善治そのものとも言える演技である。

個人的に、特に心を打たれたのは弟弟子の江川(染谷将太)が奨励会落ちする時のシーンである。
期待されたものの、江川は最終局で子どもに負け、年齢制限で4段に昇進できず奨励会を去る事になる。
師匠の森と3人の慰労会の席でも、聖は江川を励ますどころか激しく批判する。
江川なりに頑張って4段昇進に挑んでいたのだが、文字通り命を削って将棋を指していた聖には「命を掛けている」という言葉を安っぽく使って欲しくなかった。
会計後も「ここはいい」という師匠に対し、「よくないです」と言って札を押しつけ、師匠が受け取らなければそこで1万円札を何枚もちぎって捨てる。
「カネなんて生きている者にしか必要ないんです」と叫ぶ聖に、彼の人生に対しての絶望と達観、焦り、そして勝利への執念を垣間見た気がした。

場面場面で、ストーリーに関係のない情景描写がスローで流れる。
そのシーンが、先ほど書いた聖の絶望、達観、焦りを巧みに表現している。
監督の森義隆と言う人は主にドキュメンタリー作品を作っている人らしいが、この作品に非常にマッチしていると思った。

ただやはりどうしても、マニアックな作品と言わざるを得ない。
少なくとも最低限、奨励会で4段を目指す棋士の卵が何百人といても、結局棋士になれるのは年に数人しかいない、またタイトルを保持するどころかタイトルに挑戦できるのも1年にたった1人しかいない世界である、と言う部分を知っていないと、この作品の持つ緊迫感がまったくわからないだろう。
また、聖がこの世を去ったのはもう20年以上前だが。現在も棋界の主流は「羽生世代」、しかもやはり羽生を中心として回っていて、その他のメンバーが代わる代わるタイトルに挑戦したり奪取したりするものの、羽生を上回わり「今は●●の時代」と言われる者はいまだ存在しない。
そんな状況だからこそ、死ぬまでに羽生と互角の戦績を残した村山の才能が評価されるのだが、その部分は映画の後の話なので、ストーリーの中では語られていない。
事前知識がないと、映画のメッセージが伝わりにくくなってしまう。

ちなみに細かい小言を言うとすれば、冒頭の千駄ヶ谷駅のシーンで、1994年当時にはなかったはずのJRの行き先の電光掲示が映り込んでいる。
また、羽生が神社から立ち去るシーンで、奥にやはり当時はなかったはずの、タバコの自動販売機のtaspoの点滅が見えた。
ブラウン管テレビやVHSテープなど屋内のシーンは当時がきちんと再現されていたが、こだわりの強い作品だけに屋外にも気を使ってほしかった。

松山ケンイチと藤原竜也でヒットした「デスノート」から10年後に、かつて藤原竜也が演じた村山聖をマツケンが演じると言うのも何かの因縁かもしれない。
そう言う部分も含めて、非常にマニア向けに作られた作品である。


102.聖の青春


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by ksato1 | 2016-11-28 06:59 | 映画 | Comments(0)

JC

JCの勝ち馬には、昔からある条件がある。
本当にこのレースを勝ちに来ているかどうか、だ。

かつては、海外で活躍した輸入種牡馬が引退レースで参戦することが多かった。
だが種牡馬としてのお披露目的な意味が強く、レースに向けてキッチリ仕上げることせずほとんどの馬が見どころなく敗れた。
そしてそれは、最近の日本馬に関しても同じだ。

秋の天皇賞、JC、有馬記念の古馬G1の3レースを勝つと、JRAから報奨金が出る。
だから基本的に、中距離の有力馬はこの3レースを目指していた。
しかし近年は凱旋門賞を始め、12月の香港など海外のレースに挑戦する馬も多くなり、必ずしも3つのレースが目標ではなくなってきている。
そもそも、休み明けを叩いてさらに3戦キッチリ仕上げると言うのは、馬にかなりの負担がかかるらしい。
かつてのテイエムオペラオーはこの3戦をすべて勝ったが、それ以降3戦をすべて勝った馬はいない。
ここ10年の勝ち馬を見ても、天皇賞を勝って連勝した馬は皆無だ。
それどころか、天皇賞を勝った馬で連に絡んだのも、ブエナビスタとトーセンジョーダンの2頭しかいない。
天皇賞に向けて仕上げた後、その状態をキープするのがいかに難しいかと言う事だ。
ちなみに天皇賞だけではなく、前走勝ってJCで連勝したのは、スクリーンヒーロー、ジェンティルドンナの2頭しかいない。
この2頭も、スクリーンヒーローはG2のアルゼンチン共和国杯で、ジェンティルドンナはレース間隔が開いている秋華賞の勝ち馬だった。
さらに、3歳牡馬の参戦を促すためかつて中2週の間隔だった菊花賞を前倒したにも関わらず、菊花賞から参戦して勝った馬はローズキングダムしかいない(しかも降着繰り上がりの1着だった)。

長々と書いてきたが、このレースを勝つ馬はこのレースを狙って出走してきた馬である。
今回で言えば、人気どころだがキタサンブラックとスクリーンヒーローだ。
おそらく勝ち馬はこの2頭のどちらかだろう。
この2頭のどちらを上に取るかは難しいところだが、距離が長かった春の天皇賞以外、この1年で負け知らずのゴールドアクターを上に取りたい。
昨年のアルゼンチン共和国杯を重馬場で勝った、という点も強みだ。

ちなみにここ数年のJCの傾向は、ディープインパクト産駒と牝馬が異常に強いレースになっている。
それは理由があり、11月の東京は降水量が少ないため、JCはほとんどが固い良馬場で行われる。
そのため、切れ味勝負のディープ産駒や牝馬が活躍しやすいレースなのだ。
しかし今年は週半ばの降雪のため、例年通りの固い良馬場ではない。
なのでディープ産駒と牝馬は評価を下げたい。
なお、キタサンブラックはブラックタイド産駒なので、血統的にはほぼディープインパクトと一緒である。
だがこの馬の場合、母の父にサクラバクシンオーが入っているのに長距離を得意としている。
先行押切という戦法もディープインパクトっぽくないので、あまり血統を気にする必要はないだろう。

それらを加味して、3番手はレインボーラインとする。
菊花賞はサトノダイヤモンドの2着、そこからさらに上昇傾向にある。
鞍上の福永に逃げられたが、それでもルメールを確保、力の要る馬場が得意のステイゴールド産駒という部分でも魅力だ。

4番手はリアルスティールだ。
完調ではなかった秋の天皇賞では2着に入り、その実力を見せつけた。
もし今週雪が振らなかったらこの馬も勝ち馬候補だったが、やはり切れ味勝負では分が悪い。
ただ、鞍上はドバイターフを勝った時のムーアを確保、直線勝負ではなく前目に付けて抜け出す展開に持ち込めれば、この馬にも勝機は出てくるだろう。

5番手はシュヴァルグランだ。
秋の天皇賞は3着で、前走のアルゼンチン共和国杯は貫録の完勝。
成長力のあるハーツクライ産駒で、この後も強くなっていくだろう。
ただ、稍重の宝塚記念で9着に沈んだ部分がやや気になる。
基本的には切れ味で勝負する馬なので、今回はやや評価を下げた。

最後は外国馬3頭で迷ったが、イキートスにする。
この夏以降ヨーロッパで5戦しているが、すべて60kgの斤量を背負っており今回の57kgは裸同然だ。
そして9月のバーデン大賞では、重馬場でナイトフラワーに勝利している。
2年連続で参戦したイラプト、ナイトフラワーもかなり本気度が高そうだが、今回は馬場状態が合いそうなイキートスを上に取った。


◎ゴールドアクター
○キタサンブラック
▲レインボーライン
△リアルスティール
×シュヴァルグラン
×イキートス


◎○1着、◎○▲△2着、◎○▲△×3着の、3連単24点で勝負。


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by ksato1 | 2016-11-27 13:53 | 競馬 | Comments(0)

「ミュージアム」

原作は「ヤングマガジン」で連載されたそうだが、いかにも「ヤンマガ」テイストな作品だ。
同じ「ヤンマガ」原作で似たようなテイストの「ヒメアノ~ル」も今年実写映画化されたが、あちらよりはだいぶマイルドな感じでストーリーにも無理がなかった。

ある雨の日、下水溝のようなトンネルで惨殺死体が発見された。
天井から鎖で繋がれて身動きが取れないようにされたうえで、空腹の大型犬に食い散らかされていたのだ。
担当刑事の沢村(小栗旬)と西野(野村周平)は、発見された大型犬が紙を吐いたと連絡を受ける。
そこには「ドッグフードの刑」と書かれていた。
さらに数日後、今度は母親と二人暮らしの引きこもりの男が殺された。
男はイスに縛り付けられ、彼の出生時の体重分の肉を切り取られており、かたわらには「母の痛みを知りましょうの刑」という紙が落ちていた。

二つの事件の被害者を調べると、どちらも3年前の猟奇殺人事件の裁判員であった事がわかった。
当時4歳の少女が誘拐され、透明の樹脂で固められ玄関前に置き去りにされたのだ。
その犯人とされた大橋茂は、裁判員裁判の一審で死刑判決が出たが、精神に異常を来たし拘留中に自殺していた。

捜査班は、すぐにこの裁判の関係者を保護しようとする。
そしてその中には沢村の妻の遥(尾野真千子)も含まれていた。
遥は仕事ばかりで家庭を顧みない沢村に愛想を尽かし、一人息子の将太を連れて家を飛び出していた。
携帯もつながらず、焦る沢村。
その間にも第3、第4、第5の殺人が起こっていた。

第3の殺人は「均等の愛の刑」。
裁判官が縦に真っ二つに切断され、片方が正妻、片方が愛人に宅急便で届けられた。
第4の殺人は「ずっと美しくの刑」。
同じく裁判官だった50代の女性は、美容に異常に気を使って惜しまずカネを注ぎ込み、若い男にも入れ上げていた。
その結果ヒアルロン酸などの美容品と一緒に、丸裸で冷凍保存された。
第5の殺人は「針千本の刑」。
占い師が仕事場で、口に大量の針を押しこまれて殺されていた。

沢村は遥の行方を追うために、遥の親友であった佳代(田畑智子)を訪ねる。
最初は何も教えてくれなかった佳代だが、沢村の後に別の刑事が駆け付けた事で、事態の重大さを理解する。
しかし佳代が自分の部屋にいると告げた時には、すでに遥と将太は犯人に連れ去られた後だった。

犯人は目撃情報で、雨合羽を着ていた。
沢村たちが佳代の部屋に急行した際に、沢村は雨合羽の男が車で走り去るのを目撃する。
一人で雨合羽男の車を追走する沢村。
しかし壮絶なカーチェイスの末、沢村の車は激しく横転、さらに雨合羽男がトラックで押し潰そうとしてくるが、なんとか難を逃れる。
だが雨合羽男は取り逃がしてしまった。

その後、沢村は事件の関係者と言う事で担当を外されてしまった。
しかし妻と息子の事が気になる沢村は、西野から情報を聞き出すために彼を呼び出した。
二人が合っているまさにその時、窓の外に雨合羽の男がカエルのマスクを被って立っていた。
沢村と西野はカエル男を追うが、沢村は車に衝突してしまう。
引き続き西野はカエル男の後を追うのだが、沢村が追いついた時、西野はカエル男に捕まりデパートの屋上から落とされそうになっていた。
カエル男は自分こそが3年前の猟奇殺人事件の犯人であり、樹脂で固められた幼女の遺体は自分の作品だと言う。
それなのに、大橋という男を犯人にした愚かな裁判員に制裁を加えていると言うのだ。
完全に常軌を逸脱したカエル男を沢村は懸命に説得しようとするが、カエル男はいきなり「時間だ」と告げ、西野を捕まえていた手を離して立ち去ってしまった。

まず、沢村役の小栗旬の演技が非常にいい。
妻子を捕らわれた沢村の焦燥感が、最初から最後までスクリーンを通してひしひしと伝わってくる。
そして、犯人役の妻夫木聡のイカレ具合もさすがだ。
単純なグロいミステリー作品となってしまってもおかしくないところを、この実力派二人によって作品に一本筋が通った形になっている。

唯一の欠点は、捜査から外された沢村が勝手に行動を起こし、本庁に連行されるシーン。
沢村は、本庁の刑事が両側からしっかり押さえて後部座席の中央に座らされているのに、あっという間に両脇の刑事をぶちのめして逃走してしまう。
沢村が格闘技の達人、という設定でもないので、あの逃走シーンだけは「本庁の刑事、どんだけ弱いんだ」と突っ込みたくなった。
また、カエル男がなぜカエル男になってしまったのか、と言う部分にも興味はあったが、そこまで描くとやや饒舌になってしまったか。

とは言え、途中から少しずつバッドエンディングを想像させる演出も良く、最後まで緊迫感あふれる作品になっていた。
個人的にはかなり好きな作品である。



101.ミュージアム


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by ksato1 | 2016-11-26 01:01 | 映画 | Comments(0)

「ガール・オン・ザ・トレイン」

それほど話題になってはいないが、なかなかよく作られたサイコ・サスペンスである。

レイチェル(エミリー・ブラント)は、郊外から鉄道でNYに通勤していた。
彼女は絵が得意で、かついろいろと空想、というより妄想する癖がある。
車窓から見える幸せそうな夫婦の職業や、彼らがどのように暮らしているかを想像する。
ただ、実はレイチェルがいつも見ていた車窓の家は、彼女が以前住んでいた近所の家であった。
彼女はアルコール中毒の症状があり、そのため子どもができず、浮気で子どもができた夫のトム(ジャスティン・セロー)から離婚されていたのだ。
さらに元住んでいた家に忍び込み、そこにいた夫の赤ちゃんを抱いて連れ去ろうとした経歴もある。

ある日レイチェルがいつものように車窓を見ていると、妻が夫ではない男とバルコニーでキスしているシーンに遭遇する。
妻の名はメガン(ヘイリー・ベネット)。
美術が好きで画廊勤務を希望していたがなかなか仕事がなく、トムの家でナニーをしていた。
トムの浮気相手で現在の妻であるアナ(レベッカ・ファーガソン)ともうまくやっていたのだが、ある日画廊での勤務が決まった事を理由に、急遽ナニーを辞めてしまう。

そもそもメガンも心を病んでいた。
その生い立ちも影響しているのだが、奔放な性格でSEX依存症の傾向もあった。
夫のスコット(ルーク・エヴァンス)が束縛するタイプである事も影響し、彼女は夫婦関係に悩み、心理カウンセラーのカマル(エドガー・ラミレス)の診察を受けていた。
さらにカマルを誘う行為もしている。

そんな状態の中で、レイチェルはメガンの浮気現場を目撃する。
妄想の中の理想の夫婦が崩れ去りそうになり、レイチェルは激しく動揺、その夜泥酔状態でかつての自宅の最寄り駅で電車を降り、スコットとメガンの家に向かおうとする。
翌朝気付くと、レイチェルは血だらけで自室にいた。
以前からレイチェルは泥酔状態になると記憶をなくし、トムに暴力をふるった事があったのだが、それも覚えていなかった。
今回も記憶がなく、レイチェルは何が起きたかわからずパニックに陥る。

やがてレイチェルの元に警官が訪れ、メガンが行方不明になったと告げる。
どうしていいかわからなくなったレイチェルは、面識のないスコットを訪れ、自分はメガンの友だちだとウソを言う。
そして、メガンが誰かと浮気している現場を目撃した、とも告げた。
スコットはレイチェルにカマルの写真を見せ、メガンは心理カウンセラーのところに足繁く通っていた、目撃した浮気相手はこの男だったのか、と問い詰めてきた。
レイチェルは記憶をたどり、メガンの相手が間違いなくカマルだった事を思い出す。

一言で言って、正当なサイコ・サスペンスである。
レイチェルは実はアル中のため職を失っており、毎日あてもなくNYまで電車で通っているなど、ストーリーが進むにつれマイナスな条件がどんどん追加されていく。
どんどん追い詰められて、レイチェル自身、自分が信じられなくなって行くのだ。
レイチェルが真実に気付くシーンと、その伏線の貼り方も巧い。

ラストシーンの表現がやや過激で若干後味が悪かったが、このジャンルが好きな人なら十分楽しめる作品だろう。


100.ガール・オン・ザ・トレイン


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by ksato1 | 2016-11-25 06:33 | 映画 | Comments(0)

「幸福のアリバイ~picture」

監督は陣内孝則だが、脚本が「桐島、部活やめるってよ」の喜安浩平という事でなんとか見られる作品になっているかと思ったが、やはりダメだった。

構成は、人生の節目をテーマとした5作品のオムニバス。
しかし共通のテーマが「人生の節目」と「写真」だけで、その二つも強いつながりがある訳ではない。
と言うか逆に、ショートストーリーを無理矢理「人生の節目」と「写真」だけで結び付けた感すらある。
さらに、なぜか2話目と5話目が同じ出演者になっていた。
各話のテーマをつなぐ伏線がどこかにあるのか、2話目と5話目の話を同じ出演者にした意味があるのか、2と5に置いた意味があるのかなど、いろいろと考えながら観たのだが、たぶんどれも意味はなかったのだと思う。
そういう風に上映中にいろいろと考えながら観た分、ストーリーに巧く入り込めなかったのかもしれない。

1話目は「葬式」。
ヤクザの親分の葬式で、その親分の遺言を実現するかどうかでもめるストーリーだ。
親分は自分が生きていた時の写真を告別式で映し出せと言うが、下品な写真だったりシノギの最中だったりで、映していいものかどうか、下っ端や他の組の親分を含めて侃々諤々と議論する。

2話目は「見合い」。
付き合って3年程度経過し、やや倦怠感が出てきたカップル。
その女性宛てに、ある日父親がお見合い写真を送ってきた。
相手の釣り書を見ると、職業は医者だ。
女の方がお見合い相手のステータスに心が動き、二人は口論となる。

3話目は「成人」。
やや裕福な家庭の一人息子が成人式を迎える。
しかしその恰好が、いわゆる「荒れた成人式」のニュースに出てくるような、典型的なヤンキーの和服。
さらに彼は、50ccの原付バイクに乗って行くと言う。

4話目は「誕生」。
アイドルになると言って家を飛び出した娘から、出産すると言う連絡を受けた父。
駅に迎えに来ていたのは、その相手の男だった。
相手の男の姿も車の中も、中途半端なパンクロッカーであきれる父親。
男は一生懸命父親の機嫌を取ろうとするが、なかなか打ち解けてくれない父親に、逆にキレてしまう。

5話目は「結婚」。
2話目の男が、友人の結婚パーティに出席している。
しかしそれは代理友人で、彼は役者の卵としてこの仕事を引き受けていた。
一方女はカメラマンとして、このパーティの撮影をしている。
偶然会った二人は、別れた時の事でもめ出すのだが、そのうちに男がパーティ出席者に美人の芸能プロダクション社長がいる事に気付き、あり得ないイタイ行動を起こし始める。

正直どれもこれも、これまでにどこかで見たようなストーリーばかりである。
5話とも1カ所くらいずつクスリと笑えるシーンはあるのだが、全体的に展開が古臭く、観ていてちょっと引いてしまう。
1話目はヤクザの親分の葬式なのに、自宅でかなりこぢんまりしている。
そのあたりのナンセンスで笑わそうとしているのかもしれないが、中途半端にリアリティがあるのでその部分が笑いなのかどうかわからない。
2話目だけは今風のシチュエーションで、個人的には面白かった。
3話目は息子がおかしな格好で成人式に行こうとしている事を、両親とも呆れはしているもののなんだか悠長に構えていて、ちょっと子どもを小馬鹿にしているようでもあり本気で止めようとしている雰囲気がない。
だから息子が必死に「オレはこの格好で成人式に行くんだ」と主張しても、ほほえましいだけで笑いになっていない。
4話目の男と彼女の父と言うシチュエーションは、もう言わずもがなの既視感だ。
そして極めつけは5話だ。
男の役の山崎樹範がかなりがんばってイタイヤツの演技をしているのだが、彼が何を目的としているのか、プロダクションの社長に男として気に入られたいのか、あるいは役者として認められたいのか、はたまたその場の勢いで舞い上がっちゃっただけなのか、途中からよくわからなくなっている。
しかも山崎樹範の演技が巧いだけに、観ている者はドン引きするばかりである。

面白い映画を作りたいという意欲はなんとなくわかるものの、正直実力不足だった、と判断せざるを得ない。
オムニバス映画を作るのであれば、もう少し全体的なテーマの軸をしっかり置いたうえで、各話の関連性もハッキリさせた方がいいと思う。
オムニバスとは、単なるショートストーリーの寄せ集めではないのだ。


99.幸福のアリバイ~picture


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by ksato1 | 2016-11-24 06:37 | 映画 | Comments(0)

「われらが背きし者」

大学教授のペリー(ユアン・マクレガー)とその妻の弁護士ゲイル(ナオミ・ハリス)は、冷えた夫婦関係を修復するためにモロッコに休暇に来ていた。
しかしそこでもゲイルは、夕食の途中で仕事に行ってしまう。
一人レストランに残されたペリーは、一緒の店にいた怪しいロシア人ディマ(ステラン・スカルスガルド)に声を掛けられ、彼の自宅パーティに行く事にする。
そこからペリーとディマは親密になり、休暇の最後の夜だと言うのに、ゲイルとともに再びディマ家のパーティに参加した。
もちろんゲイルは不機嫌だ。

そのパーティでディマはペリーにUSBメモリを渡し、イギリスに帰国したら空港に来ているMI6のエージェントに渡して欲しいと告げる。
ペリーはゲイルにも話をせずに、空港でUSBメモリをある男に渡す。
ペリーはそこで、USBメモリに入っているデータが、ロシアンマフィアのマネーロンダリングに関わるメンバーへの送金記録である事を知る。
しかも、このデータで不正を暴けばディマの家族はイギリスに亡命することができ、逆に失敗すれば皆殺しにされると聞く。
ゲイルは反対するものの、捨て置く事ができずにMI6に加担するペリー。

これ以降、二人はどんどん事件の中心部に巻き込まれる事になるのだが、やがてゲイルも、家族を護ろうとするディマのアツい思いに感化され、ディマの家族を護るべく行動するようになる。

カテゴリーはスパイ映画、もしくはサスペンスなのかもしれないが、内容はヒューマン映画である。
本当に偶然に知り合ったペリーとディマだが、ペリーが自らの危険を顧みず、パーティの最中にレイプされかけた女性を救った事で、ディマはペリーが信頼に値する男だと見抜く。
そしてペリーはディマの親分肌を見て心を動かされ、さらに自分の危険を顧みず行動する。
ゲイルもディマの家族が置かれた立場を見て自分が助けなければと考え、やがてペリーとの間も修復されていく。
MI6のエージェントであるヘクター(ダミアン・ルイス)すら、最初は冷徹な男かと思わせておいて、不正を暴くためにはすべてを犠牲にしてもいいと考えるほど正義感に燃える男であった。

ストーリー展開も、ハラハラさせるのはアインシュタイン博物館からディマの家族を救出するシーンくらいで、それ以外のほとんどは、お互いを信頼するヒューマンストーリーが続く。
それはそれで悪くはないのだが、ラストのオチがちょっと弱かったかもしれない。
この展開ならラストは、もっともっと観ている者の胸をアツくするような落とし方が欲しかった。

後一捻り半くらい欲しかった作品だ。


98.われらが背きし者


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by ksato1 | 2016-11-23 19:35 | 映画 | Comments(0)

「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」

実在の辣腕編集者パーキンズと20世紀初頭のアメリカを代表する作家トマス・ウルフの物語である。
しかし無知とはいかに悲しいかな、私は二人の事をまったく知らなかったため、作品にのめり込む事ができなかった。

トマス・ウルフ(ジュード・ロウ)は自分の小説を様々な出版社に持ち込むものの、誰にも相手にされなかった。
その一番の理由はボリューム、つまり小説の枚数が異常に多いからだ。
ウルフは、フィッツジェラルドやヘミングウェイを育てたスクリブナーズ社にも小説を持ち込む。
スクリブナーズ社の名編集者マックス・パーキンズ(コリン・ファース)は、トマスの小説を読むと彼の才能を見出し、売りだす事を決定した。
そこから、ウルフとパーキンズの文章を削りあげるせめぎ合いが始まる。
家族や愛人を放りっぱなしにして、二人はウルフのデビュー作「天使よ故郷を見よ」を仕上げる。
磨き上げられた「天使よ故郷を見よ」は、パーキンズの見込み通り大ヒット作品となった。

ウルフの才能を確信した二人は、2作目の制作に取り掛かる。
だが2作目の制作はデビュー作より苛烈となり、ウルフと愛人のアリーン(ニコール・キッドマン)の関係は歪み始める。
ウルフの前で薬を大量に飲むアリーン。
そして自由奔放なウルフは、やがて職人的に小説を作り上げようとするパーキンズとの間もうまくいかなくなってしまう。

かなり事実に忠実に作られていると思うが、いかんせん二人に馴染みがないので作品にのめり込めない。
だから面白いのかどうかの判断もできない。
とにかく、パーキンズのウルフへのアドバイスが、「削れ、削れ」の一辺倒である。
しかし、パーキンズが辣腕編集であったのならば、単純に文章を削らせるだけではなくもっと構成などについても指導をしていたのではないかとも思う。
逆に、パーキンズが削る以外の指導をする必要がないほど、ウルフの文章が秀逸だったのかもしれないが。
いずれにしろ、「削れ、削れ」があまりにも多くて、途中でちょっと食傷気味になる。

大役者を揃えているので、演技については「さすが」と言う他なかった。
ただ演技が良かっただけに、これがどこまで事実に忠実なのか気になって仕方がなかった。
もう少し予習をしてから見に行けばよかったかもしれない。

細かい話でいえば、パーキンズはウルフを見送る方なので、タイトルの「パーキンズに捧ぐ」と言う点にも違和感を感じた。

97.ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ


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by ksato1 | 2016-11-22 06:24 | 映画 | Comments(0)

「この世界の片隅に」

通常は、映画を観た順番で感想を書くことにしているが、この映画は先に感想を書きたいと言う衝動を抑えられなかった。
それほど完成度の高い素晴らしい作品だ。

最初に予告編を観た段階では、柔らかい絵柄もあって、教条的に平和を訴える子ども向けのアニメかと思っていた。
だが実際はまるで正反対、絵柄は柔らかいが、大人が深く考えさせられる作品であった。
その完成度に心震わされた。

時代は昭和初期、浦野すずは広島の江波で海苔養殖を営む家に生まれた。
両親のほか、真面目で怖い兄と仲の良い妹と暮らし、海の向こうには祖母宅があった。
お大尽様とはいかなかったが、貧しいながらも人々は一生懸命楽しく暮らし、ゆったりした時間の中ですずは育まれた。
すず自身は、皆から「ぼーっとしてる」と言われるほどおっとりした性格だった。
絵が得意で、時間があればスケッチや空想の絵を描き妹を喜ばせていた。
そして幼馴染にほのかな恋心を抱いたりもしていた。

やがてすずが19歳になったとき、呉から縁談話が来た。
相手の名前は北條周作、軍法会議の議事を取る事務官だ。
すずはまったく覚えがないが、周作がすずを見染めたと言う。
いい縁談だと薦められ、言われるままに嫁ぐすず。
そういう時代でもあったのだ。

北條家の人々も穏やかで、すずは暖かく迎えられた。
唯一、嫁に出た周作の姉の徑子が時折子どもを連れて戻ってきては、すずの見た目が野暮ったいと小言を言った。
だが、元々モガだった徑子はファッションにうるさいだけで、すずの事が嫌いなわけではなかった。

不器用ながら一生懸命に生きるすず。
やがて時代は暗い影を落とす。
呉の港には軍艦がひっきりなしに出入りし、山の上には高射砲も据えられた。
そして昭和20年2月、出征していたすずの兄が戦死したと言う知らせも入った。
配給もどんどん少なくなり、食べる事さえ精いっぱいとなる。
それでもすすは、徑子の娘の晴美と明るく過ごすのだった。

とにかく、どこから褒めればいいのかわからないほどの秀作だ。
戦時物でありながら、全体のストーリーはゆっくりと流れる。
ちょっと世間知らずで「ぼーっとした」性格のすず目線で進むのだ。
前半の子ども時代のエピソードも、どこか懐かしくてとても心地が良い。
「子どものままでも良かった」と言うすずのセリフも、さりげないがとても心に響く。
そして全体を通して、時折絵柄がすずの描いた絵となって、メリハリがつけられる。
すべてのアングルが秀逸なのだが、この絵を切り替えるタイミングが巧い。
日本が苦しい時代の話を優しく、それでいてウソのない作品として仕上げている。
周作と遊郭のリンのエピソードをファンタジーにしている部分も秀逸だ。

原作は読んだことがないが、少なくともこの映画では、当時の事実をかなり細かく取材していると思われる。
戦争を題材とした作品、特に広島が舞台の場合は、やはり原爆がクローズアップされるケースが多い。
しかしそれ以外にも頻繁に空襲は行われていた。
空襲を迎え撃つ戦闘機のエンジン音を聞き、すずの義父である円太郎は「いい音出している」と言う。
当時の市井の人々は、偽善的に日本軍の批判などしたりせず、明日の食材の心配をし、自分達の仕事に対して満足感を得ようとしていたのではないかと思う。
また、自分が見染めて嫁にもらったが、周作はすずが自分をどう思っているか案ずる。
しかしすずは、不器用な自分を大事にしてくれる北條家をありがたく思っている。
そんな、現代では考えられない、ほほえましい行き違いも描かれている。

ラスト直前、すずは「ぼーっとしたまま死ねれば良かった」と言う。
どんなに苦しい状況になってもマイペースだったすずが、いよいよ絶望するのだ。
ややネタバレになってしまうが、ここがこの映画の見どころでありポイントである。
この後すずは周囲に支えられて、絶望から少しずつ前に進み始める。
例え絶望のどん底に落とされても、人間は前に進まなければならないのだ。
その時には、人の手助けも必要かもしれない。
思えば世の中が便利になればなるほど、人の手助けがあまり必要にならなくなり、自分は一人で生きていると勘違いをしてしまうのかもしれない。
世の中に不便が溢れていた頃は、人は助け合うのが当たり前だった。
この映画はその当たり前の助け合いをきちんと描いているため、派手さはまったくないのに、観ている者の心を激しく揺さぶるのかもしれない。
そしてラストでは、希望の光が見える。
すず役を、能念玲奈改めのんにしたキャスティングも素晴らしかった。

劇場内は半分以上席が埋まっていたが、映画が終わった後も場内は静まり返っていた。
帰り支度をしながらも、誰も口を開こうとしていなかった。
おそらく、観終わった後いろんな人がいろんな事を考えていたのだろう。
その考えは人によって少しずつ違うかもしれないが、すべてが正解なのでないかとも思う。
観終わった後で、いろいろと考える映画なのだ。

そしてまったく知らなかったが、この映画はクラウド・ファンディングで予算を集めたらしい。
そのためかプロモーションなどはほとんどなく、一般的な知名度はまったくない。
だからこそ、この映画を観た一人ひとりが口コミでこの映画の素晴らしさを伝えなければならない。
それが責務とすら感じた。

おそらく、ロードショウはひっそりと短期間で終了してしまうだろう。
しかし数年後には間違いなく高い評価を得ていて、日本のアニメ作品の金字塔となっているはずである。
ひょっとすると「君の名は。」ではなく、この作品が今年の日本アカデミー賞の最優秀アニメ作品になってしまうかもしれない。
日本人だけでなく、世界中の人に観てもらいたい映画である。


96.この世界の片隅に


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by ksato1 | 2016-11-21 05:30 | 映画 | Comments(0)