<   2015年 09月 ( 20 )   > この月の画像一覧

これもシルバーウィークに見た、過去に録画した作品だ。

劇団ひとりの小説が原作だ。
ややご都合主義な部分は多い物の、演じている役者も実力者が多く、手堅くまとめられた作品になっている。

シンヤ(岡田准一)は観光バスの運転手であったが、パチンコにハマって多額の借金を抱えていた。
会社の同僚に支えられてなんとか返済を行っていたが、ある日再度パチンコに手を染めてしまう。
そんなシンヤは、浅草でストリップ小屋を覗いている寿子(宮崎あおい)を見つける。
入りづらそうにしている寿子と一緒にストリップ小屋に入ると、寿子がなぜストリップ小屋を覗いていたのか、理由を教えてくれた。

寿子の母は、かつて浅草のストリップ小屋でお笑い芸人として舞台に立っていた。
そして相方の雷太(伊藤淳史)に心を寄せていたのだが、コンビは解散、寿子の母は故郷に帰って寿子を生んだ。
母の死後、その事を母の日記で知った寿子は、相方の雷太を捜すべくストリップ小屋に立ち寄ったのだ。

寿子と別れたシンヤが部屋に戻ると、借金の取り立て屋が待ちうけていた。
カネを返せないシンヤは、オレオレ詐欺の片棒を担がされる。
次々とオレオレ詐欺の電話をするシンヤだが、ある日一人暮らしの女性に電話がつながり、その女性の息子「健一」になりすます。

サラリーマンであったリョウタロウ(三浦友和)は、有給を利用してホームレス生活を始めた。
街で見かけたモーゼのようなホームレスに憧れたのだ。
モーゼに弟子入りしてホームレス生活を始めるリョウタロウ。
しかししばらくすると、モーゼは超有名野球選手の父親である事がわかり、ホームレス生活から去って行った。

ネットカフェでバイトをするゆうすけは、仲間と武田みやこ、通称みゃーこの追っかけをしていた。
まったく売れていないみゃーこを仲間と一生懸命応援するが、イベント会場はガラガラだった。
売れるためにみゃーこがバラエティ番組でヨゴレ的な役割をしても、ゆうすけは一人でネットに称賛の言葉を書き続けていた。

タイトル通り、陰日向で暮らす人々の日常を切り取った作品だ。
過去と現代を行き来して、登場人物が後悔したり葛藤したりする。
さまざまな人生訓は説教臭くなく、かつ感動も与えてくれる。

個人的にはなかなか良くできた作品だとは思うが、特に映画賞を受賞をしているわけでもないようだ。
受賞だけが評価基準ではないが、もうちょっと評価されても良かったんじゃないかとも思う。


106.陰日向に咲く


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いつ録画したか忘れてしまったが、シルバーウィークに見た作品

善(原田芳雄)は長野県大鹿村で鹿肉料理の店を運営していた。
大鹿村は大鹿歌舞伎で有名な村である。
善も大鹿歌舞伎の役者で、もうすぐ公演を控えていた。

そんなある日、治(岸部一徳)と貴子(大楠道代)が村に戻ってくる。
貴子は善の妻で、18年前に治も交えて3人で鹿料理の店を開業しようとした時に、駆け落ちしていたのだ。
二人が村に戻った理由は、貴子が痴ほう症を発症したからだ。
症状はかなり重く、貴子は自分の事も断片的にしか覚えていない。
貴子の面倒を見る事ができなくなった治が、善に貴子を返しにきたのだ。
あまりにも自分勝手な事を言う治に、善は当然激怒する。
しかし根っからの善人である善は、二人を自宅で面倒見る事にした。

しかし貴子は痴ほう症のため、徘徊をして店の物を勝手に取ってきてしまったりする。
なぜか、かつて練習した歌舞伎のセリフだけはきちんと覚えていたが、実生活にはまったく役に立たない。
さすがの善もかなり手を焼いていた。
そんな時、歌舞伎公演の役者である一平(佐藤浩市)が大けがを負う。
一平が舞台に立てなければ、歌舞伎公演ができなくなってしまう。
そこで急遽考えられたのが、貴子を一平の代役として舞台に立たせることだった。

タイトル通り、駆け落ちした二人が突然帰ってくる「騒動記」である。
主要キャスト以外も、松たか子やでんでん、石橋蓮司らが出演しているので、そこそこ見せてはくれる。
とは言え、ストーリー自体は特別面白い物ではない。
ただ、大鹿歌舞伎が非常に興味深かった。
所詮田舎芝居だろうと高を括っていたのだが、録画を自宅のテレビでも見ても迫力があった。
あのレベルであれば、地元住民の楽しみとして300年間続いたと言うのもうなづける。

結果的に原田芳雄の遺作と言う事で知名度が上がったが、本質的には大鹿歌舞伎を題材とした事が評価されるべき映画である。


105.大鹿村騒動記


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まずはじめに一言。
マーベル・スタジオ、そこまでやるか!

スコットは刑務所から出所したものの、職に恵まれていなかった。
そのためムショ仲間から何度も犯罪に誘われるものの、固辞をする。
理由は、離婚した妻との間の一人娘に、胸を張って会うためだ。
しかし度重なる不遇のため、スコットは一度だけ仲間と一緒に盗みをする事になってしまう。
仲間が、自宅にカネを相当貯め込んでいる老人を見つけたと言うのだ。
スコットは元々優秀なエンジニアで、所属していた会社の不正を暴くため、会社のカネをネズミ小僧のように人々に配ったために捕まっていた。
今回の盗みも、スコットの技術を使ってかなりハードな金庫を破る事になった。
しかし窃盗仲間の仕入れてきた情報は間違いで、金庫にカネはなく、代わりにあったのはまるでヒーロー物のアクタースーツのようなスーツだった。

自宅にスーツを持ち帰ったスコットが試しに着てみると、体がいきなり小さくなった。
驚いたスコットは慌てて持ち主にスーツを返しに行くが、駆け付けた警官に捕まってしまう。
そして、スコットを弁護するという男、ピムが現れる。
ピムは科学者で、かつてピムテックと言う会社を立ち上げ物を縮小する研究を行っていた。
そこで開発したのがアントマンのスーツである。
ピムは自分でアントマンのスーツを試していたが、ある事故をきっかけにスーツを封印、会社も辞めてしまう。
その後ピムテックはピムの弟子であるダレンが引き継いだのだが、ダレンはピムの研究を軍事利用して会社を大きくしようと企んでいた。
ピムはこのダレンの企みに感づき、研究の軍事利用を阻止するために、正義感の強いエンジニアであるスコットに白羽の矢を立て、彼が自宅に盗みに来るように仕向けていたのだ。

ストーリーは、よくあるヒーロー物である。
テンポもよく、脚本もところどころで笑いを取っており、このカテゴリーが好きな人なら十分楽しめるだろう。
ではなぜ、「マーベル・スタジオ、そこまでやるか!」なのか。
若干ネタバレになってしまうが、おそらくこの映画は「アベンジャーズ」につながると予想される。
なぜなら映画の中にスターク社とアベンジャーズの名前が何度も登場し、さらにファルコンまで登場するのだ。
「アベンジャーズ」シリーズと同一の空間で展開されており、アントマンの能力から考えてもアベンジャーズの次期メンバーである事は間違いないだろう。
面白いという点では悪くないのだが、これ以上シリーズが拡大すると、自分が生きている間に「アベンジャーズ」シリーズのすべての話が終了するのか不安になってくる。

粒子レベルの話がアントマンの根幹になっており、シリーズの中ではかなり科学的な要素が色濃くなっている。
科学に詳しい人であれば、その部分も楽しめる映画だろう。


104.アントマン


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この映画は爆笑ものだった。
高校生の子どもも笑いながら観ていたが、この映画を一番楽しめるのは、子どもの頃にゲームセンターに入り浸り、かつ家ではファミコンをやっていた40~50代の男性だろう。

1982年、ハイスクールに通うくらいの年頃のサム・ブレナーは、親友のウィルとともにゲームセンターに通い詰め、全米のチャンピオン大会に参加するほど腕を磨いていた。
その大会で知り合ったラドローとも友だちとなる。
しかしサムは、決勝でエディに敗れてチャンピオンになる事はできなかった。
そしてNASAはこの大会の映像を地球外生命体へのメッセージの一つして選び、宇宙に向けて送り出した。

時は流れて2015年、チャンピオンになれずに挫折したためか、サムはパッとした人生を歩んでおらず電気工事会社の作業員となっていた。
一方ウィルは、なんとアメリカ大統領だった。
しかし失敗ばかりで支持率はダダ下がり状態だ。

そんな時、宇宙からビデオゲームのキャラを模した謎の物体が攻撃を仕掛けてきた。
サムはウィルからの要請をうけてホワイトハウスに急行、そこにはその時たまたま電気工事を請け負っていた家に住むヴァイオレット中佐もいた。
久しぶりに会ったラドローも合流し、かつてのゲーム仲間が宇宙人の攻撃と戦う事になった。

ストーリーはシンプルで非常にわかりやすい。
そもそもかなり無理な設定ではあるが、脚本や演出でおバカ映画に仕上げているので、違和感はほとんど感じない。
しかも「TED」と異なり、下品のレベルもギリギリ子どもと一緒に観られるぐらいのレベルに抑えられている。

かつてのゲームの特徴も巧く映画に取り入れており、制作者のゲームと映画に対する愛情を感じる。
下品さはあるものの、ゲームにあまり詳しくなくても理屈抜きで大笑いでき、B級映画としての完成度はかなり高い。

今回は本当に初期のゲームがメインであったが、次はゼビウスあたりをモチーフにして「ピクセル2」、さらにその後はバーチャ系のゲームをモチーフにして「ポリゴン」とタイトルを変え、どんどんシリーズ化して欲しい。


103.ピクセル


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前篇を観てガッカリしたので、後篇も期待しないで観に行ったが、まあその程度のレベルの作品であった。
ハッキリ言って、設定および脚本が商業映画のレベルに達していない。
高校生の文化祭、下手をすれば中学生の学芸会レベルだ。
制作途中に「この脚本ではお客を呼べません」と言える、勇気のあるスタッフはいなかったのだろうか。

前作で巨人に変身したエレン(三浦春馬)は、捕らわれて司令官(國村隼)の尋問を受けていた。
仲間はエレンの無実を訴えるが、司令官は耳を貸そうとしない。
そうこうするうちに、鋼鉄の巨人が姿を表しエレンを浚ってしまった。

エレンが目を覚ました場所は、不思議な部屋だった。
エレンはそこで、シキシマ(長谷川博己)から巨人がなぜ誕生したかの説明を受ける。

一方、鋼鉄の巨人の襲撃で司令官を失った一行は、ハンジ(石原さとみ)を中心に不発弾の探索に出かける。
最後の爆薬を失ってしまったが、不発弾の爆薬で壁を閉じる事ができると考えたのだ。
巨人から襲撃を受けることなく、首尾よく不発弾を手に入れたハンジ達であったが、シキシマ率いる部隊の襲撃を受ける。
シキシマは内側の壁を壊して巨人を内部に侵入させ、新しい世界を作ろうと考えていたのだ。

もう、どこから突っ込んでいいのかわからないほど幼稚な脚本だ。
鋼鉄の巨人がエレンを奪いに来た時から、全体の設定が丸裸になってしまう。
後は予想通りの展開を追うだけだ。
さらに、前篇で最後の爆薬がなくなってあれだけ大騒ぎしたのに、後篇ではいきなりその代わりの不発弾が登場する。
しかも不発弾の火力もよくわからず、それ以前に野ざらしで放置されていた火薬が使えるかどうかも、誰も疑問に思わない。
なのに、不発弾ですべての問題が解決されるかのように、能天気に不発弾へと向かい始める。

エレンが目を覚ました部屋も、この映画全体の世界観とマッチしていない。
ストーリーの裏側の設定でこういう部屋が存在していてもいいのだが、その布石がエレンが目覚めるまで何一つないため、ゴリゴリに違和感を感じる。

シキシマとミカサ(水原希子)の距離感もよくわからずモヤモヤするし、アルミン(本郷奏多)、ジャン(三浦貴大)、サシャ(桜庭ななみ)あたりの描き方は、雑以外の何物でもない。
細かい話で言えば、対巨人攻撃用の兵器としては、洋弓はまったく役にたたないのに、サシャが弓で攻撃し続けるのも意味がわからない。
そもそも結末を観ると、エレンたちの目的がなんだったのかもわからなくなる。
前篇を観た限りでは、壁の穴を塞いでこれ以上の巨人の侵入を防ぐのが目的だと思っていたが、エレンたちの希望はそこにはなかったようだ。

長谷川博己や石原さとみが熱演すればするほど上滑り状態になってしまい、観ているこちらがツラくなってしまった。
来年の「シン・ゴジラ」がこのような作品にならない事を、祈るばかりである。


102.進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド


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それほど期待しないで観に行ったのだが、非常に内容の濃い映画だった。

ステットはテキサスの片田舎で母親と暮らしていた。
教師の言う事を聞かないため問題児扱いされていたのだが、彼のボーイ・ソプラノの才能を認めたスティール校長が、有名なコーラス学校のオーディションを受けられるよう取り計らってくれた。
しかしそのオーディションもすっぽかしてしまうステット。
街をふらついて帰宅したステットを待っていたのは、母の事故死を告げる警察官だった。

ステットの父ジェラルドは実業家で、N.Y.で暮らしていた。
ステットの母とは一夜限りの遊びの付き合いで、養育費を支払う代わりに今後一切かかわり合いにならないという約束を交わしていた。
その約束を盾に取り、ステットの引き取りを拒もうとしたジェラルドだが、弁護士に説得されステットを引き取ることにする。
そこで彼が考えたのが、ステットをコーラス学校に入学させる事だった。
主任教官のカーベル(ダスティン・ホフマン)は断固拒否するが、学校長(キャシー・ベイツ)がステットの入学を認めてしまう。

荒削りながら才能を持つステットを、一部の教官は注目していた。
特に若手教官のウーリーは彼の才能を必死に伸ばそうとするが、ステットは身を入れて学習しない。
挙句の果てには、構内の自動販売機を壊して盗みを働くなど、相変わらずの問題児だった。
さらに、一緒に学んでいる生徒たちとも馴染むことができない。
だが他の生徒たちとトラブルを起こすことで逆に、ステットは反発心から一番になろうと努力をし始める。
カーベルはステットの性格を見抜き、彼を発奮させて能力を伸ばそうとした。

実際ステットはメキメキと実力を上げ、ツアーメンバーに参加し、さらにリードボーカルを争うまでになった。
そしてステットの加入でコーラス隊全体のレベルが上がり、長年の悲願であったN.Y.でのコンサートの招待を得るまでになった。
しかしステットは他の生徒に嫉妬され、母親に逮捕歴がある事を暴露されてしまう。
嫌がらせのリーダー格であるデヴォンをボコボコにぶん殴ってしまい、退学を余儀なくされてしまった。

ステットがツアーメンバーに選ばれるまでは、かなりありきたりな話でちょっと退屈だ。
だが、それ以降のストーリー展開が素晴らしい。
ステットの急成長を認めざるを得ないメンバーがいる一方、デヴォンをはじめとする有力メンバーたちは、ステットの実力を認めようとしない。
10代特有の根拠のない自信と、他者を認めようとしない意固地な部分の描き方が巧い。
そしてそれは子どもたちだけではなく、多少なりとも大人も持ち合わせるものだ。
ステットの退学について話し合う会議のシーンが秀逸で、感情論と正論、どちらを優先させるべきか、大人たちがホンネで話し合う。
あまり目立たないセリフではあるが、一番の実力者のカーベルに対し、「私はあなたに話しているんです。私の眼を見て下さい」という学校長のセリフが、この会議のシーンの結論に説得力を持たせている。

人生のほんの一瞬しか輝けないボーイ・ソプラノのために辛い練習を続ける子どもたちと、競い合わせることで実力を伸ばす一方、子どもたちの中にわだかまりが生まれることに気付けなかった大人たち。
学校の運営も経営である以上、子どもたちを商品として見る事もいた仕方ない事ではあるのだが、大人たちは自分たちの策略にしっぺ返しを食らう。
だが、子どもたちは一度感情を爆発させた後は、純粋にコーラスで歌いたいと願う。
大人も子どもも、痛みを伴って成長する。

努力は報われないかもしれないし、報われたとしてもそれがその人にとって幸せなのかどうかはわからない。
ただ、やり遂げたと言う自信が、その後の人生に大きな影響を与えてくれる。
この映画は、当たり前ではあるが、重要な事を語りかけている。


101.ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声



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「あの花」の制作スタッフによる最新作。
舞台は同じく秩父だが、「あの花」のストーリーとはまったく関係がない。
とは言え、原作者が「超平和バスターズ」になっているところに、スタッフのこだわりを感じる。

成瀬順は、幼いころに自分のおしゃべりが原因で両親が離婚してしまう。
その事に深く傷付いた順は、「玉子の妖精」との約束で言葉を封印してしまう。
封印を破ると順の中の白身と黄身がドロドロに混ざってしまい、海の底に沈められてしまうのだ。
順は高校生になっても、玉子の妖精との約束を頑なに守っており、人前ではほとんどしゃべれずにいた。

順の通う高校では、晩秋に地域住民との触れ合い交流会が開催されていた。
各学年1クラスが代表で何かを演じるのだが、そのとりまとめの委員として、順、坂上拓実、田崎大樹、仁藤菜月の4人が選ばれた。
田崎大樹は野球部期待のエースだったが、肘を壊して夏以降練習にも参加できていない。
仁藤菜月はチアリーダー部の部長、坂上拓実とは同じ中学出身で、中学時代二人は付き合っていた。
しかし今は同じクラスと言う意外まったく接点がない。
坂上拓実は父が音楽家という事もあり、ピアノを嗜み高校ではDTM部に所属し、音のサンプリングを楽しんでいた。
バラバラの高校生活を送っていた4人は最初はまとまりもなく、交流会に向けての話し合いも一向に進まなかった。
しかし、あるきっかけから交流会でミュージカルを上演することが決まり、少しずつ4人は距離を近づけて行く。
クラスメートたちも渋々ではあるが協力しはじめ、ミュージカルに向けての準備も万端整っていた。
だが交流会前日、順は想いを寄せている拓実が、中学時代からずっと変わらず菜月の事を好きだったことを知ってしまう。
そして交流会当日、順は学校に来るものの、姿を消してしまった。

「あの花」同様、主要な登場人物が青春のホンネとタテマエをぶちまける作品である。
ただ、2時間の長さで4人のホンネとタテマエを表現しなければならないので、TVシリーズだった「あの花」に比べるとやや物足りない部分も感じる。
順の心の傷はかなり深いが、拓実を含め、大樹、菜月の3人のバックグラウンドの描き方がやや少ない。
とは言え青春ストーリーとしては、イマドキの高校生菜月の学校生活をよく反映していると思う。
「あの花」と同じレベルを期待すると、ややガッカリしてしまうかもしれないが、この作品単体として評価するならば、きちんと作られた作品と言っていいだろう。


100.心が叫びたがってるんだ。



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実話を元にして作られた作品だ。

シェリル・ストレイドは既婚者であったが、最愛の母の病死によるショックで、誰とでも寝るようになり果てはドラッグにまで手を染めてしまう。
夫のポールとは離婚、弟とも母の死後は音信不通になってしまったシェリルは、PCT(Pacific Crest Trail)走破に挑戦することを決意する。
アメリカの西海岸を、メキシコ国境からカナダ国境まで歩いて縦走するのがPCTだ。
その距離はおよそ1600キロ(1000マイル)である。

思いつきで参加したシェリルは、荷物のパッキングからしてダメダメであった。
旅の途中で出会った地元の人々や、PCTの挑戦者から助けられ、なんとか旅人らしくなり少しずつ北上する。
その間、過酷な雪道や渓流の横断があり、さらに登山靴を無くすなど試練が次々と襲いかかってくる。
そのたびに、シェリルはこれまでの自分を思い出すのであった。

基本はロード・ムービーである。
実際に100日近くかけて1600キロを縦走する事で十分ドラマになるのだろうが、それを単純にダラダラ流すだけではなく、シェリルのこれまでの行動と心の葛藤を、映像として巧く織り込んでいる。
旅行中、シェリルは何かにつけ元夫のポールの愛情とやさしさを感じるのだが、ポールが今はもうシェリルとやり直すことを望んでいない事を知り、旅が終了した後には自立することを決意する。
しかし、どこで何をすればいいのか、考えがまとまらず不安ばかりが募る。
旅は過酷で早く終わってほしいと望む半面、旅の後でスタートする新生活がイメージできず、旅が終わることを恐れている自分もいた。
その描き方が巧みである。

長い旅の終わりに待っているのは感動的な風景などではなく、シェリルの心の成長だけだる。
画ヅラ的にはちょっと地味ではあるが、シェリルの旅の成長がきちんと描けており、見終わった後なんとも言えぬ清涼感が漂う。
シェリルがPCTの参加者ノートに書き続ける格言も、なかなか心に沁みる。


99.わたしに会うまでの1600キロ


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なかなかナイスな大人のラブストーリーだった。

ダルワーン(ベン・キングズレー)はN.Y.で、昼は自動車免許取得のための教官、夜はタクシー運転手として働いている。
元々インドで大学教授であったダルワーンだが、シーク教徒であったがために迫害を受け、幼かった妹と彼自身を除き、両親兄弟は殺されてしまった。
彼自身も長い投獄の末、アメリカに亡命している。

そんなダルワーンだが、ある夜に離婚問題で揉めている夫婦をタクシーの乗客として乗せる。
妻のウェンディ(パトリシア・クラークソン)が著名な評論家で、夫は研究者だが大学で職に就いてない、いわゆる格差夫婦であった。
その事もあってか、夫は他に女を作り妻の元を去ると告げている。
大騒ぎの結果、夫は車を降りて妻を家に送り届けることになった。
その後、タクシー事務所に戻ったダルワーンは、後部座席に妻の忘れ物を見つける。
後日その荷物を届けることがきっかけで、ウェンディはダルワーンに車の運転を習う事になった。

車の教習を通じて、だんだんと心を近づかせる二人。
しかし長く独身であったダルワーンはシーク教の教えに従い、生まれ故郷の近くの村出身の中年女性と結婚する事を決意していた。
一度も会った事がない女性と結婚するのかと、ウェンディは驚くが、ダルワーンは妹が紹介してくれたジャスリーン(サリタ・チョウドリー)と結婚する。
だが、英語もおぼつかないジャスリーンは、N.Y.の生活になじむことができない。
同じシーク教徒だが、長くN.Y.で暮らすダルワーンと初めてインドを出るジャスリーンでは生活感覚も大きく異なり、二人はだんだん心が離れて行く。

シーク教徒のためターバンを巻くダルワーンへの差別、そして自動車教習の教官であっても実はインテリで、ここそこでその片鱗を見せるダルワーンに対し、ウェンディは同情、尊敬などさまざまな感情を抱く。
そして自動車教習を通じて、まるで長く一緒にいるパートナーであるかのような錯覚に陥る。
この二人の微妙な距離感が、見ていてなんとも歯がゆく、映画として抜群に機能している。
身分や人種という先入観から、そもそもお互いをパートナーとして考えていないのだが、心の底では少しずつ惹かれあうようになる。
しかし、ある日突然ダルワーンは結婚してしまう。
見る者を巧妙に引きずり込むストーリー展開である。

何度も免許取得を諦めようとするウェンディに対してのダルワーンの発言は、格言的で非常に重い物が多い。
シーク教の教えを守り、その結果亡命と言う波乱万丈の人生を送りかつ教義に忠実に生きようとしているダルワーンだからこそ言葉重くなるのだが、少しも説教臭くない。
そのあたりの作り方も巧い。

派手さはないものの、非常に巧くまとめられた佳作と言えるだろう。


98.しあわせへのまわり道


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「内村さまぁ~ず」は一度も見たことがないが、その前身番組とも言える「内村プロデュース」は毎週見ていた事もあり、この映画も観に行った。
正直それほど期待しないで観に行ったのだが、まあまあくらいの出来だった。

次郎(内村光良)はかつて大部屋俳優だったが、関係者からその演技力は認められていた。
しかし今はマサル(三村マサカズ)の父(上島竜兵)が残した探偵社「エンジェル社」に所属、そこで受ける依頼者からの問題を芝居で解決する仕事をしていた。
メンバーは次郎、マサルのほか、耕作(大竹一樹)、伊東(久保田悠来)、事務員(阿佐ヶ谷姉妹の渡辺江里子)で、そこに芽が出ないでくすぶっている女優の夕子(藤原令子)が加わる。

そもそも芝居で解決する問題なので、かなり無理があるものが多い。
子どものいじめ問題、ラーメン屋の亭主にやる気を出す、などである。
メインとなるのは、母親が不倫の末にシングルマザーになる事を決意していたために父親がいない子どもの親を、マサルが演じるエピソードだ。
父親はこれまで海外に単身赴任していて子どもと初めて会うのだが、子どもが小学生になるまで父親が一度も帰国しないと言う設定は、いくらなんでもちょっと無茶過ぎるだろう。

一つ一つのエピソード内にコントが散りばめられていて、それを楽しむ映画なのだが、設定に無理がありすぎるのでコントの演技もなんだか空々しく見えてしまった。
後ろで仲間のお笑い芸人に細かい演技をさせているのだが、それも大して面白くなかった。
笑福亭鶴瓶を起用してアドリブで笑いを取ろうとする場面も、期待したほどではなかった。
そして一番気になったのは、ドリフのコントのように、観客の笑い声を音声として流していた事。
劇場内で誰も笑っていないのに、音声の笑い声が流れる状態は非常にシュールで背筋に寒い物が走った。

とは言え、さまぁ~ずは大好きなので、もし次回作ができたらやっぱり観に行ってしまうと思う。



97.内村さまぁ~ず THE MOVIE エンジェル


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