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公開以降、結構ボロクソな評価を受けていたが、実際に観てその理由がわかった。
巨人と立体機動装置という設定は引き継いでいるものの、原作とはまったく別の作品と言っていいだろう。
世界感もかなり異なるし、そもそもキャラクターの人間関係、性格もまったく異なっている。
だから、原作を読んだ人にとっては、映画のストーリー展開は戸惑うばかりである。

巨人を防ぐための高い壁の内側で暮らすエレン(三浦春馬)は、壁の外に出ることを望んでいた。
しかし親友のアルミン(本郷奏多)とミカサ(水原希子)は、エレンを止めようとする。
3人が壁の間近に近づいた時、ここ100年姿を見せていなかった巨人がいきなり姿を現した。
しかも、壁の高さを上回る大巨人である。
大巨人は壁を蹴破って穴を空け、そこから多数の巨人が壁の内側に浸入する。
あっという間にパニックに陥る人々。
逃げまどう人たちは建物に立てこもるが、巨人たちは屋根をぶち壊し中の人たちまで食い始めた。
人々は農耕エリアを捨て、さらに内側にある壁の中の商工エリアに避難した。
そしてエレンは人の波に押されて、ミカサを救う事ができなかった。

その2年後、エレンとアルミンは訓練を受け、巨人と戦う兵団に入団していた。
農耕エリアに残された最後の爆薬を使って大巨人が空けた壁の穴を塞ぎ、さらなる巨人の侵入を防ぐ事が目的だった。
すでにシキシマ隊長(長谷川博己)率いる先兵団が爆薬の場所を押さえており、エレンたちは商工エリアを出て農耕エリアに入って行った。
だが、静かに近づいていきた巨人の群れに遭遇、兵団は大きな打撃を受けてしまう。
生き残った兵団がなんとか爆薬の場所に到達すると、シキシマ隊長の先兵団の中に、なぜか班長としてミカサが参加していた。

原作の面白さの要素は、巨人と戦う恐怖を抱えながら、少年たちは生き残った人々を護るため、唯一の希望である立体機動装置を使って戦う部分である。
訓練中は正義感で強がっているものの、いざ実戦で巨人の前に立つと、恐怖心で思うように戦えない。
しかしお互いに励まし合って、巨人とギリギリの戦いをする緊迫感が、作品の面白さを引き出している。

だが映画には、この緊迫感がほぼない。
まず、シキシマ隊長、ミカサ班長以外の兵団が、あまりにも弱すぎる。
原作でもリヴァイ兵士長が群を抜いた強さを見せているが、それ以外の兵士も勇気を持って戦い、巨人をせん滅していく。
しかし映画のキャラは、これが初陣の兵士ばかりとは言え逃げてばかり。
鉄拳流に言えば「こんな『進撃の巨人』は嫌だ」という感じである。
さらにエレン、ミカサ、シキシマの間の中途半端な三角関係も、観ていてちょっとイライラする。
この部分も「こんな『進撃の巨人』は嫌だ」である。

また、原作との相違を考えなかったとしても、映画として非常に作りが雑だ。
冒頭で巨人が壁を破って侵入したとき、逃げまどう人の流れが不自然。
巨人の空けた穴は一つだから、人々はその穴から奥の壁の方向に向かって流れ、かつ壁のすぐそばにいたエレンたちは「家が心配だ」と言って走り出すのだから、人の流れに合わせて走るはずだ。
なのになぜか、エレンたちは人の流れに逆らっている。
どこに向かっているのかサッパリわからない。

さらに、人々が逃げ込んだ建物の中に、エレンもいた。
そこからエレンが外に出た後、複数の巨人に建物が襲われたにも関わらず、そこからふらふらと逃げるエレンの目の前には、残骸があるものの巨人は一切見当たらない。
この段階では倒される巨人は皆無なので、エレンの目の前にも巨人がウロウロしていなければおかしい。

その他、爆薬の保管地域に駐屯していた兵団は、いとも簡単に巨人に襲撃されてしまう。
夜中とは言え、兵団だったら監視兵を立て敵の接近に注意するものであろう。
そんな間抜けな兵団なのに、わらわらと近づいてくる巨人たちをすり抜けるのはお得意のようで、司令官たちはあっという間に逃げ切ってしまう。
ここそこがあまりにも雑な作りで、観ていてかなり閉口した。

原作の諫山創が制作に一枚噛んでいると聞いていたので、そんなにひどい作品ではないだろうと思っていた。
しかしながら、ハッキリ言って原作者がこの作品を本当に認めているのか、疑わしい限りである。
逆にこの映画を認めていると言うのであれば、原作者はマンガを描く能力はあるものの、映画を制作する能力は皆無であると言っていいだろう。

まだ完結編が残っているとは言うものの、正直あまり期待はできない。
完結編で本作品のダメなところをすべて解決しないかぎり、実写版「進撃の巨人」は映画史に残る駄作であると言われても、仕方ないだろう。


86.進撃の巨人 ATTACK ON TITAN


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「テッド2」の番宣で金曜日に放送された「テッド」を見て、土曜日に「テッド2」を観る。

まず「テッド」だが、「大人になるまで待てないバージョン」との事で、本当に下品な部分はほぼカットされていた。
例えば、テッドがスーパーのレジで腰を振るシーンとか、スーパーのマネージャーとの間抜けな会話シーンなどだ。
まあ、地上波で放送するのだからこれくらいが限界か。

ちなみに、TV放送でもテッドの吹替えは有吉が担当している。
「トイ・ストーリー」同様、「テッド」も有吉が声を担当して事で、日本でもさらに人気になったんじゃないかと思う。

続いて「テッド2」。
スタートは、テッドとタミ・リン(ジェシカ・バース)の結婚式のシーンから始まる。
前作のラストのナレーションで、そこそこ長く付き合った後二人は別れたと告げていたが、その件はなかった事になったようだ。
さらに前作のラストでめでたくローリーと結ばれたジョン(マーク・ウォールバーグ)だが、すでに離婚して半年以上が過ぎていた。
そして2年後、倦怠期が訪れたテッド夫妻が子どもを作ろうと画策する。
最初は精子提供者を探して人工授精を試みるのだが、タミ・リンがドラッグをやり過ぎたため妊娠できないと告げられる。
そのため養子縁組を考えるテッド夫妻だが、今度はテッドが人間として登録されていないことが問題になる。
さらに、これまではあまり問題になっていなかったテッドの「人権」だが、人間ではないので認められないのでは、と州が判断してしまった。
結婚も無効にされてしまうテッド。
ジョンとテッドは新米弁護士のサマンサ(アマンダ・セイフライド)の手助けを受け、なんとかテッドの「人権」を取り戻そうとする。
だがこのサマンサ、弁護士なのにドラッグをキめるかなりのアバンギャルドで、ジョンとテッドとレベル的にはあまりかわらなかった。
3人は辣腕弁護士パトリック・ミーアン(モーガン・フリーマン)に助けを求めるべく、ボストンからニューヨークへ向かうのであった。

今回は、前作にさらに輪を掛けて下品である。
おそらくこちらの作品は、地上波で放送する事は不可能だろう。
特に後半は、サマンサが女子会でプレゼントされたドラッグ用のパイプが登場するのだが、もしこれを放送するのであればモザイクを掛けるしかない。
ただ、このパイプにモザイクを掛けたとしても、地上波で放送するにはかなりメッタ切りにするしかないと思う。
しかしその分、面白さにも輪が掛かっている。
特に、テッドとジョンのセリフの掛け合いに加え、サマンサのぶっ飛び振りがかなり面白い。
それでいて、友情や正義などもきちんと取り入れられており、セス・マクファーレンのセンスの良さを再認識させられる。
テッドとジョンが過去の映画に対して語るうんちくも楽しく、細かいオマージュもここそこに散りばめられている。

下品なため一緒に行く相手を選ぶのが玉に傷だが、下品の中にも上品があり、大人なら誰でも楽しめる作品だと思う。


84.テッド(再)
85.テッド2


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ほぼ同一の公開日なのに、4週連続で興行ランキング1位を「ジュラシック・ワールド」に持って行かれている「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」。
だが内容的には「ジュラシック・ワールド」と遜色なく、むしろ個人的にはこの作品の方が面白いと思った。

イーサン・ハントはある犯罪シンジケートを追いかけていた。
その過程で敵の罠にはまり捕まってしまう。
その時イーサンを拷問しようとしたのは、すでに死亡したはずの諜報部員だった。
イーサンが驚いていると、シンジケート側であった女性メンバーがなぜかイーサンを逃がしてくれた。

その頃、イーサンが所属するIMFは、アメリカ政府の諮問を受けていた。
CIA長官のアラン・ハンリーが、無茶ばかりするIMFの活動停止を訴えたからだ。
イーサンはシンジケートの概要を暴くため、IMFのブラントに、過去に死亡もしくは行方不明になっている各国の諜報部員のリストを請求するが、その時点でIMFは活動停止になっていた。
さらにイーサンはCIAから追われる身となり、一人でシンジケートを追う事になる。

イーサンのかつての仲間であったベンジーのもとに、ウィーンのオペラ公演のチケットが届いた。
ベンジーが週末を利用してウィーンまで行くと、そこには暗殺者からオーストラリア首相を護るイーサンがいた。
そして暗殺者の一人に、イーサンをシンジケートから逃がした女諜報部員イルサもいた。
イルサは敵か味方かわからないが、その後もイーサンにシンジケートに迫るヒントを与えてくる。
そしてイルサは、シンジケートの秘密に迫るカギがモロッコの電子金庫にあると告げる。
イーサン、ベンジー、そしてイルサは、発電所の地下にある電子金庫に潜入する事になった。

ここまでが、全ストーリーの2/3くらいである。
この後イルサ、そしてシンジケートのボスであるソロモン・レーンが何者かが少しずつ明かされていく。

映画の宣伝としては、冒頭部のイーサンが離陸中の輸送機にしがみつくアクションと、発電所の水槽にダイブするシーンがフィーチャリングされていた。
たしかにこのシーンも迫力があるが、個人的にはその後のバイクチェイスのシーンが見応えがあった。
ローアングルとハイアングルを駆使し、非常にスピーディーな画面展開を見せている。
このシーンだけでも観る価値がある。

ストーリー展開としては、見方が誰で敵が誰か、最後までわからない、スパイ映画によくある展開ではある。
とは言え、メリハリをきちんと付けた上で、それぞれが行動を起こした理由もわかりやすく表現されており、観ていて飽きることはない。

トム・クルーズがそろそろアクション的に限界がありそうな気もするが、「M:I」シリーズは毎回ほぼ期待通りの出来なので、この後もできるだけシリーズ化してもらいたいと思う。


83.ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション

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今回のギンレイは素晴らしい2本だった。
こういう上映があるから、ギンレイの年間会員はなかなかやめられない。

まずは「6才のボクが、大人になるまで。」。

先に観た友人が「日本で言えば『北の国から』」的な事を言っていたのだが、まさにその通りである。
主人公は6歳のメイソンJr.、メイソンの姉サマンサ、母オリヴィア、父メイソンである。
両親はすでに離婚をしていて、オリヴィアが一人でメイソンJr.とサマンサを育てていた。
父メイソンは各地を放浪しており、時折子どもたちに会いに来る程度で、一人で子育てをしていたオリヴィアは、生まれ故郷のヒューストンで大学に戻る事にした。

その後オリヴィアは再婚し、相手の連れ子としてメイソンJr.、サマンサとそれぞれ同じ年頃の男女が家族になる。
しかし再婚相手のビルはアル中のうえ酒乱、耐えかねたオリヴィアはメイソンJr.とサマンサを連れて家を出た。
3人はオリヴィアの友人の家に住むが、しばらくしてオリヴィアは3人目の夫ジムと再々婚する。
ジムは学費を稼ぐために米軍に志願し、退官直後に起きた9.11事件のあとすぐに軍に復帰、イラク派兵にも参加した勇敢な男だった。
しかし実生活ではあまり機能せず、中古の家を購入しても修繕に関してはオリヴィアがすべて担当、オリヴィアにかかる負担は大きかった。
少しずつジムとオリヴィアの溝が大きくなり、やがてジムは家を出て行った。

古い大きな家に3人が残るが、サマンサ、そしてメイソンJr.が大学に入学する事になり、オリヴィアは家を売り一人で住む小さな部屋に引っ越す。
この間メイソンはアニーと再婚し、メイソンJr.とサマンサの弟が生まれていた。

ストーリーは、メイソンJr.が6歳から18歳になるまでの12年間を3時間弱に収めている。
離婚、再婚、学校生活が主なテーマで、オリヴィアの2番目の夫がアル中で酒乱という事意外、大きな事件もない。
それでも、なぜかストーリーに引き込まれてしまった。

N.Y.やロスなどの大都市ではなく、テキサスやヒューストンという地方都市が舞台だからかもしれない。
アメリカで暮らした事はないが、おそらく典型的なアメリカ人の日常をテンポ良く描いているところが共感できるのではないだろうか。
登場人物のセリフも、芝居がかったセリフは無い。
本当にどこにでもあるセリフばかりである。
しかしその事が作品にリアリティを持たせ、メイソンJr.とサマンサがどう成長していくのか、気になって仕方がなくなる。

撮影期間は12年間、上映時間は3時間弱だが、撮影したフィルムは何百時間分にもなるのではないか。
その中には、オリヴィアが家を出る時に残してきたビルの連れ子2人の後日談もあったのかもしれない。
だが、可能な限り枝葉のストーリーを削ぎ落しているのでダラダラ感もない。

ひょっとすると、子を持つ親とそうではない人では、この映画に対する印象は異なるかもしれない。
だが、少なくとも子どもを持つ親目線で観た場合、かなりの完成度の高い映画であると言えるだろう。

そして続く「博士と彼女のセオリー」は、「6才のボクが、大人になるまで。」が霞んでしまうほどの良作であった。

「車椅子の天才」と言えば、いまや誰でもスティーヴン・ホーキング博士を思い浮かべるだろう。
だが彼がいつ病気になり、家族はいるのかについて、知る人は多くないのではないだろうか。
少なくとも私は知らなかった。
てっきり、ホーキング博士の病気は先天性のもので、子どものころから車椅子生活なのかと思っていた。

スティーヴン・ホーキングは、学生時代から物理学分野について非凡な才能を発揮していた。
オックスフォード大学ではあまり評価されなかったが、大学院のケンブリッジではその才能を高く評価された。
そしてそのケンブリッジで最初の妻ジェーンと出会い、恋に落ちる。
だが彼女と出会うのと同時期に、ホーキングはASLを発症してしまうのだった。
余命2年を宣告された彼を支えたのがジェーンで、ふたりはホーキングの病気を知りながら結婚する。

ホーキングは徐々に体の自由を奪われていくが、ジェーンの献身的な介護もあり研究を続けていた。
さらに二人は一男一女を授かる。
だが、自分で移動ができないホーキングと、幼子二人を抱えるジェーンの負担は想像を絶するものがあった。
常にいらだっているジェーンを見て、敬虔なイギリス国教会徒であった彼女の母親は、教会の聖歌隊に参加するように勧める。
聖歌隊で合唱の指導をしていたのは、音楽家のジョナサンだった。
ジョナサンは1年前に愛する妻を失い、失意の底にいた。
その心の隙間を聖歌隊の指導で埋めていたのだ。
ジョナサンはホーキング一家に好意を持ち、進んで家族とホーキングの世話をするようになる。
力仕事もできるジョナサンがあたかも家族の父親のような役割となり、子どもたちもジョナサンになつき、ホーキング自身も深く感謝をしていた。
だがはたから見るとそれは、かなり異常な関係にも見えた。
そんな中、ジェーンが第三子を妊娠する。
当然周囲は、ジョナサンとの不貞の子ではないかと疑う。
ジェーンはきっぱり否定をするが、ジョナサンは家族に迷惑を掛けることを気にした。

ホーキング自身はあまりその事を気にしておらず、むしろできるだけ二人の時間を作ろうと心掛けた。
フランスでのオペラ公演に招待された事を機に、自分は飛行機でオペラを観に行くから、ジェーンと子どもたちはジョナサンと一緒にキャンプをしたうえで、車でフランスに来るように告げた。
ジェーンが飛行機嫌いであることを理由にしたものだ。
だがこのオペラ観劇で、ホーキングは発作を起こしてしまう。
喉を切開して気道を開く手術をしたため、ホーキングはその後会話ができなくなってしまった。
さすがに打ちひしがれるホーキング。
ホーキング自身もジョナサンに感謝し、介護士を雇うように周囲がすすめるのを頑なに固辞していたが、今度ばかりは介護士を雇わざるを得なくなった。
そしてジョナサンはホーキング一家とは距離を置く事になる。

新しく雇われた介護士のエレインはベテランだった。
ホーキングのして欲しい事を的確に読み取り、彼の期待通りの動きをした。
やがて、ホーキングはエレインに心を許すようになる。
最後はホーキングからジェーンに、エレインと一緒に渡米したいと告げ、二人は離婚することになった。
その後、ホーキングはイギリス女王陛下から勲章を受けることになる。
その時に同席したのは、エレインではなくすでにジョナサンと再婚していたジェーンであった。
ホーキングはエレインとも別れていたのだ。

ホーキングの研究テーマは、時間の始まりと終わりである。
時間を逆回転すれば、やがて時間の始まりに戻ると考えていたのだ。
当初は時間の始まりと終わりの存在を主張していたが、途中で自らの考えを否定するようになる。
だがホーキングは時間を逆回転し、自分の人生の始まりであるジェーンとの出会いに戻っていた。

事実を元にしている映画だが、どこまで真実に近いのかはわからない。
しかしそんな事はどうでもよくなるほど、映画としての完成度は高かった。

まず、ホーキング博士とジェーンの距離感が素晴らしい。
ホーキングはジェーンに一目ぼれするが、敬虔なイギリス国教会徒の家に生まれたジェーンは、ホーキングと最初は少し距離を取っている。
しかし彼の人柄に惹かれ、ふたりはみるみる距離を近づける。
ところが今度はホーキングの病気が発覚し、絶望したホーキングがジェーンと距離を取ろうとする。
だが献身的なジェーンがホーキングの心を開き、二人は結婚生活をスタートする。

結婚生活は見た目は順調だったが、ジェーンは少しずつ疲弊して行く。
だからと言って二人の絆が揺らぐ訳ではないのだが、ジェーンの心のよりどころとしてのジョナサンが登場する。
ジョナサン自身も心に傷を追っており、ジェーンを愛するのではなくホーキング一家に心を癒されていた。
だがやがて、ジョナサンはジェーン自信を愛してしまう。
そしてジェーンも、ジョナサンを一人の男性として頼るようになる。
そんな中、ジェーンは第三子を妊娠する。

映画では、この段階でもジェーンの貞節を肯定して描いている。
事実がどうであったのかはわからないが、映画が第三子誕生までキッチリジェーンの貞節を肯定している部分が、映画を引き締めていると思う。
ジェーンの容姿を、常に清潔感あふれる姿にまとめていた点も巧い。

ジェーンはキャンプでジョナサンのテントに向かうが、キャンプを勧めたのは誰であろうホーキングだ。
この3人には、暗黙の了解があったのだろう。
だがその時、ホーキングが発作で危篤になる。
そして神を信じるジェーンは、当然自分を責める
その後は自らの全てをホーキングに捧げようとするが、今度はホーキングが介護士に心を許すようになる。
ショックを受けるジェーンだが、ホーキングを責める事はしない。
そこには、二人の絶妙な距離感が存在していた。

その他にも、出会った当初、物理学に対してほとんど知識のなかったジェーンが、ジョナサンにホーキングの理論を説明する時は、すっかりホーキングの良き生徒になっている。
単純に介護に苦労するジェーンのシーンをダラダラ流すのではなく、セリフの行間で二人のそれまでの深い信頼を表現しているのだ。

病気を宣告された時の苦悩、介護の苦しみを誰にも理解してもらえない苦しみ、パートナー以外を愛してしまった悩み、ただでさえドラマティックなのに、それがかのホーキング博士の日常だったのかと思うと、本当に感慨深い。
映画としての完成度は非常に高いと言えるだろう。
機会があったら絶対に押さえておきたい1本である。


81.6才のボクが、大人になるまで。
82.博士と彼女のセオリー


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公開日が2日ほど早かったものの、公開第一週目で「M:I」の最新作を抑えて見事1位を獲得。
正直、「今さら『ジュラシック・ワールド』もないだろう」と思って観に行ったのだが、作品自体は予想をかなり上回る面白さだった。

22年前の事件を乗り越え、ジュラシック・ワールドは人気テーマパークとして世界中から観光客を呼び込んでいた。
単純に恐竜を見せる動物園、水族館のようではなく、まるでディズニー・ワールドのように、ショウ形式やライド形式でさまざまな恐竜の生態を見せてくれる。
それが人気の要因だ。
しかしそれに伴いパークの維持費は高騰し、さらなる観客を呼び込むために新しいショウが必要となってくる。
その一つとして考えられていたのが、22年前の事件の要因ともなった危険な恐竜ラプトルのショウである。
元軍人のオーウェンは、4頭のラプトルの調教を行っていた。
それとは別に、科学者のクレアは、新種の恐竜の開発を行っていた。
恐竜の遺伝子を掛け合わせ、今までにない新種インドミナス・レックスを生み出していたのだ。
そんな中、クレアの甥っ子二人がパークに遊びに来る。
しかしクレアは新種開発を出資者にプレゼンするために忙しく、甥っ子たちの面倒を秘書に任せる事にした。

クレアはプレゼンの後、ジュラシック・ワールドの社長であるマスラニから、インドミナス・レックスの防護施設が十分かどうかオーウェンに確認してもらうよう言い渡される。
クレアとオーウェンはかつて恋人であったため、クレアはあまり気が進まなかったが、渋々オーウェンの元を訪れて彼に防護施設の確認を依頼する。
オーウェンが防護施設を確認していると、サーモセンサーがインドミナス・レックスを認識していなかった。
壁に付いた傷から、オーウェンはすでにインドミナス・レックス逃げ出したのではないかと考える。
慌ててオペレーターセンターに戻り探索をするクレア。
しかしオーウェンが防護施設内に入ってみると、そこにはサーモセンサーに感知されないよう自ら体温を落としたインドミナス・レックスが潜んでいた。
パニックに陥った監視員が逃げるために防護施設の扉を開けてしまうのだが、監視員は逃げ遅れ、オーウェンとともにインドミナス・レックスが防護施設外に解き放たれてしまった。

インドミナス・レックスは逃げ出したと言ってもジュラシック・ワールド内のバックヤードで、観客たちがいるメインエリアとは距離がある。
クレアはメインエリアにも警戒警報を出してアトラクションをすべて休止、ACU(資産管理部隊)を出動させインドミナス・レックスの捕獲を試みる。
しかしインドミナス・レックスの知能は高く、保護色で擬態するなどしてどんどんメインエリアに近づいてくるのだった。

一方、クレアの甥っ子二人はクレアの秘書の目を免れ、独自に行動をしていた。
そしてアトラクションが休止になる直前に、パーク内を自由に走り回って恐竜を観測するジャイロスフィアに乗った。
ジャイロスフィアはすぐにアトラクションの休止、そして乗車位置に戻るように告げるのだが、二人は無視して自由に走り出してしまう。
やがて、バックヤードにつながる立ち入り禁止の扉が空いているのを発見し、その中に入り込んでしまった。

基本は、恐竜から逃げ回るアクション映画だ。
しかし、まず前半のジュラシック・ワールドの描き方が素晴らしい。
こんなテーマパークがあったら本当に行きたくなってしまうほど、観ていてワクワク感が盛り上がってくる。
さらにインドミナス・レックスは新種の恐竜ではあるものの、ゴジラのような強引な力とスピードで破壊しまくるわけではなく、擬態をするなど自然動物にありがちな能力を発揮して観客に近づいてくる。
新種を人間が孵化し、育てた事で、同種や異種の恐竜との立ち位置をまったく理解できておらず、捕食するためではなくとにかく理由なく殺しまくるという設定も、自然であった。
途中で翼竜ドームが破壊される事で、観客のいるメインエリアまで一気に飛べる翼竜たちが解放されてパニックが一瞬にしてに大きくなったり、ここそこで「ジュラシック・パーク」の設定を引き継いでいる点も、なかなか巧い見せ方だ。

「M:I」より家族連れウケしやすいと言う事あるだろうが、週間1位に資格十分の満足度であった。


80.ジュラシック・ワールド

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前作はイ・ビョンホンを登場させるためだけに、久利生と雨宮を韓国に派遣させると言う無理やりな展開だった。
脚本と出演者の演技力でそこそこ見られる作品になっていたものの、強引な設定とラストに全員を横一列に整列させると言う興醒めな演出でイマイチな仕上がりになってしまった。
今回も設定はかなり強引そうなので、あまり期待しないで観に行った。
で、結論はと言うと、想像していたよりは悪くない作品だった。

港区の某所で交通事故が起きた。
被害者は道路にいきなり飛び出してきたという事で、加害者の落ち度がない可能性が高い。
事故を担当したのは久利生(キムタク)と麻木(北川景子)だが、そこに大阪地検の検事雨宮(松たか子)が現れる。
事故の被害者は、雨宮が追っている暴力団の事件の重要参考人だった。

雨宮の事務官一之瀬(大倉孝二)を含め、4人で事件現場を調査したところ、被害者は事件直前にネウストリア公国の大使館にいた可能性が高い事がわかった。
外交特権のある大使館は日本警察も検察も手が出ないが、久利生は強引に調査を進めようとする。
その結果、外務省から法務省に厳重注意がなされてしまう。
それでもめげない久利生はネウストリア公国の料理を出す飲食店を調べ、そこから大使館員に近づこうと画策する。
一方雨宮は、相手が大使館という事で調査を諦めて大阪に戻ってしまった。

久利生が調査を進めるうちにだんだん妨害入るようになり、やがて久利生はダンプカーに突っ込まれて負傷してしまう。
久利生の負傷を知って、慌てて大阪から東京に戻る雨宮。
久利生は一度大阪に帰った雨宮を決して批判したりしないのだが、かつてコンビを組んでいた雨宮は久利生の本心をよく理解しており、一緒に調査を始めるのだった。

検察の力が及ばないと言えば、すぐに思い浮かぶのが国会会期中の議員と大使館である。
前作では国会会期中ではなかったものの議員と対峙し、そして今回は残る大使館との戦いである。
この段階で、ちょっと設定が安易すぎではないかと感じた。
しかもその架空の国が、ヨーロッパの小国というのも安っぽい。
さらに、久利生たちが追っているのは交通事故で、被害者が事故直前にいたのが大使館、というだけである。
大使館が最初から、「たしかに被害者は事故の直前に大使館にいました。知人に会いに来ていたようです。彼女がなぜ、大使館を出た後に慌てて道路に飛び出しのかはわかりません」と言ってしまえば、話はそこで終了で物語はスタートしない。
まず大使館ありきで、そこから強引にストーリーを考えているから、映画全体にかなり大きい違和感が残ってしまう。

しかし、それを払拭しているのは出演者の演技力だ。
目前に大きな壁が立ちはだかり、自分達の努力ではどうにもならないところを、決して諦めずに突き進む。
特に今回注目したいのは、松たか子の存在感である。
あえて、久利生の正義感を前面に出さずに、検察官になった松たか子の雨宮にその役を担わせている。
最初に雨宮が調査を諦めて大阪に帰ろうとするとき、「これくらいで諦めるのかと思ってるんでしょ!」と久利生に詰め寄る。
その時に久利生が説教臭い事を一切言わないのだが、逆にそれが雨宮の正義感に火を点けることになる。
規則と正義感の狭間で自分にいら立つ演技が巧く、久利生の病室の窓から外を見ている時の背中の演技も素晴らしい。
他の役者の演技を抑えて松たか子の演技力を十分引き出したという点は、演出もいい仕事をしたと言えるだろう。

とは言え、佐藤浩市の使い方はちょっともったいなかった。
外務省欧州局長と言う役がらだが、彼が事件解決のために相当な労力をはかった、という演出も欲しかった。
でなければ、最初にあれだけ調査に反対していた理由が成り立たない。
佐藤浩市の松葉の、心の葛藤のメリハリの表現が少なすぎた。
久利生たちの調査のために外交はかなりの難局になってしまう、しかし松葉が動くことで外交もなんとか持ち直す、久利生がニュースを見て難局にしてしまった事を知り松葉に詫びに行く、「検察は検察の仕事最大限にして外務省は外交を最大限にする、オレが何年外交をしていると思っているんだ」的なセリフを松葉に言わせたら、映画全体もかなり引き締まったんじゃないかと思う。

脚本自体は、シリーズ全体の面白さをしっかり踏襲していたと思う。
役者もかなり豪華な顔触れだったのだから、設定の部分をもっともっとしっかり作りこんでおけば映画としてかなり完成度は高くなったんじゃないかと思う。

大阪地検難波支部の事務官大倉孝二や支部長のイッセー尾形など、今回さらになかなかいいキャラクターが生み出されているので、この後のシリーズやスピンオフ作品にも期待したい。


79.HERO(2015年版)


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この時期はNHKの終戦特番でHDDレコーダーがパンパンになってしまうため、在庫整理で見る。
記憶にはまったくないが、4年くらい前に録画したようだ。
正直、当時はまだHDDに余裕があったからなんとなく録画したのだろう。
競馬は好きで競馬を題材にしている映画ではあるが、それくらい作品には思い入れがない。

和具平八郎(仲代達矢)は部品機器メーカーらしい会社の社長で、調教師の砂田(田中邦衛)に薦められてサラブレッドの仔馬買う事にする。
生産したのは北海道の小さな牧場で、渡海千造(緒形拳)、博正(緒形直人)の親子二人で経営していた。
ただ、会社の経営が思わしくないため、平八郎は仔馬にあまり興味を示さず、実質的にオーナーの役割をするのは娘の久美子(斉藤由貴)であった。

久美子はある日平八郎から、腹違いの弟の存在を告げられる。
弟の誠(吉岡秀隆)は重い腎臓病を患っており、一親等である平八郎から腎臓移植するしか助かる見込みはなかった。
毎日のように病院を見舞い、久美子と誠は以前から一緒に暮らしていた姉弟のように親しくなる。
そして久美子が仔馬の話をすると、誠は仔馬の成長を生きる糧とするようになった。

仔馬は順調に育ち、オラシオンと名付けられ、渡海親子の小さな牧場から大牧場に移って馴致されるようになる。
いよいよデビューを控えて美浦のTCに入厩するのだが、輸送中に博正が輸送車の運転を誤り、オラシオンは脚をケガしてしまう。
ケガのために調教スケジュールが遅れ、デビューも1カ月先送りになってしまった。
誠がデビューまで生きていられないかもしれない。
久美子と博正は誠を病室から連れ出し、早朝の調教で走るオラシオンを見せる。

その後、負債を抱えた平八郎の会社は大手に吸収合併される。
平八郎は社長の座を退き、一度も会った事のない誠を見舞う。
誠は平八郎に「腎臓をください」と懇願しながら息を引き取った。

オラシオンはデビュー後に快進撃を続けるが、ある日スタート直後に落馬をしてしまう。
その原因は、どうも輸送途中に追った脚の古傷が原因のようだった。
責任を感じる博正。
しかしその後はオラシオンは順調に勝ち星を積み上げ、いよいよダービーが迫ってきた。
ダービーの前週、平八郎、久美子、砂田、博正、騎手らが集まり、ダービーに出走するかどうかの相談を行っていた。
距離適性を考え、ダービーは回避した方がいいと提案する砂田。
平八郎もその意見に同意する。
だが、その時に電話が鳴り、博正の父の千造が胃がんで逝去した事を知らされる。
それを聞いた久美子が、オラシオンは希望の馬だから、ダービーに挑戦するべきだと主張、皆も同意した。

バブルの頃に作られた映画なので、あまり深く考えて作られた作品ではないのかもしれない。
正直、誰に向かってどんな映画を作りたかったのか、まったく意図が見えない。

原作では、会社経営に行き詰った和具が、一か八かで買った馬券で儲かって会社を立て直すらしいのだが、そのあたりの表現がない。
会社が危ない時期にわざわざ娘と一緒に北海道まで仔馬を見に行っているのに、まったく興味を示していない。
愛人から、自分の息子が助かる唯一の方法は、平八郎が腎臓を提供する事だと言われても、驚くほど冷たくあしらってしまう。
そんなに自分の会社が大事なのかとも思うが、会社に対して心血を注いでいるシーンもほとんどない。
物語の動機付けとなる部分がまったく描かれていないため、映画全体がなんだかとても薄っぺらく見えてしまう。

さらに、競馬のエピソードの描き方もお粗末。
デビュー後の戦績もはっきりせず、いとも簡単にダービーに出走してしまう。
オラシオンのライバルらしき馬も描かれず、ダービーでどれくらいの人気になっているかもわからない。
競馬を題材にした映画としては、あまりにもお粗末な展開だ。
原作はJRA賞馬事文化賞を受賞し、映画もJRAが全面的に協力している。
それでこの内容かよ、と、競馬をちょっとでも知っている人なら突っ込みたくなるだろう。

北海道の大自然が舞台という事で、監督は「北の国から」の杉田成道が担当している。
「北の国から」のように北海道の自然は美しいのだが、ストーリーが薄っぺらいために映像の美しさもなんだか安っぽく見えてしまう。
フジテレビが大々的にプロモーションをしたため観客動員は伸びたのだろうが、おそらく関係者の誰もが「この作品は自分史の中の黒歴史」と感じているのではないかとも思う。


78.優駿 ORACION

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8/15前後はNHKで太平洋戦争のスペシャル番組、映画の放送が多く、その一環として放送されたと思われる「戦場のメリークリスマス」を録画して見た。

公開されたのが1983年だが、この映画は封切り当時に映画館で観ている。
その時はラストのビートたけしの「メリークリスマス!Mr.ローレンス!」のセリフだけ強い印象で覚えていた。
だが、今この作品を改めて見ると、いろいろな事がわかる。

主演の坂本龍一、デビット・ボウイ、ビートたけしらは、本来別の俳優が演じる予定だったとの事。
だが、最初にキャスティングを考えられた役者たちはスケジュールが合わなかったため、彼らに配役が決まったようだ。
特に、たけしが演じたハラ軍曹は、勝新太郎という案もあったらしい。
当時は、演技は素人である坂本龍一とビートたけしについて賛否両論あったが、今見てみると逆に映画全体にいい影響を与えるているんじゃないかと思う。
そもそも日本人のキャスティングについてはこの二人以外にも、内田裕也、三上寛、ジョニー大倉など、ミュージシャンが出演している。
これら、本職が役者ではない出演者のややぎこちない演技が逆に、戦場と言う狂気の世界の絶妙な緊迫感を引き出しているように思う。

また、日本人の監督なら2.26で死にそびれたヨノイ大尉(坂本龍一)の屈託をもっと前面に押し出したくなりそうだが、大島渚はそこを深掘りしていない。
おそらくは貧しい村で育ったと思われるハラ軍曹についても、兵士の遺族を思いやるセリフだけで、彼のバックグラウンドを表している。
外人にわかりづらい部分をくどく説明することなく、日本人なら感覚で理解できるところをキッチリ押さえている。

かつて、若さゆえに自分を慕っている弟の心を深く傷つけてしまったセリアズ(デヴィッド・ボウイ)はいまだに自分を許すことができていない。
同じように、ヨノイは2.26で仲間たちと一緒に自決できなかった自分を許せていない。
日本とイギリス、それぞれの国らしい理由で過去を背負う二人だが、前に進もうとしたセリアズによってヨノイは感化される。

坂本龍一の化粧顔やデビット・ボウイの髪形などは、映画公開時のみ許された流行で、今見るとかなり違和感がある。
その部分を差し引いたとしても、説教臭くなくシンプルに戦争を語る佳作だと思う。


77.戦場のメリークリスマス(再)


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バケモノ界にある渋天街を治める宗師は、高齢のため後継者を探していた。
後継者の条件は、強さと品格を持ち合わせた者。
熊のバケモノの熊徹は強さを持っていたものの、性格に問題があるため弟子がいなかった。
もちろん結婚する事もなく、当然子どももいない。
宗師は、宗師を継ぐための条件として弟子を取る事を熊徹に課した。
熊徹のライバルとなるのは、猪のバケモノの猪王山(いおうぜん)である。
猪王山は家族と弟子がいて、渋天街の住民からの信頼も厚かった。
普通に考えれば宗師の跡目は猪王山かと思われたが、宗師はあくまでも二人を競わせた。

一方人間界では、9歳の蓮が母を失ったところだった。
両親が離婚していたため蓮は母方の親族に引き取られるはずだったが、蓮自身がそれを拒否、部屋から逃げ出してしまう。
そして渋谷の街をうろついている時に、人間界にやってきた熊徹と出会う。
その後、蓮は渋谷の路地裏をさまよううちに、なぜか渋天街へ迷い込んでしまった。

蓮は渋天街でいきなり、熊徹と猪王山の激突を目の当たりにする。
その時、渋天街の人々が猪王山ばかりを応援するのに違和感を感じ、蓮は熊徹に共感を覚える。
結局蓮は熊徹の元に身を寄せ、年齢から九太と呼ばれる事になる。
当初はケンカばかりしていた二人だが、強くなりたい九太が熊徹の動きを真似すると、熊徹を上回る天才的な足さばきの才能がある事が判明する。
二人はお互いを認めて研鑽をするようになり、宗師の薦めでバケモノ界の他の街の宗師に会うための旅に出たりもした。
そして九太は17歳の青年に育っていた。

九太はある日、ふとしたきっかけで人間界に戻る方法を知る。
そこで同世代の楓と知り合い、学ぶ喜びも知るようになる。
楓の薦めで大学受験を考える九太だが、その過程で実の父親が住んでいる場所を知ることにもなった。
父は母の死後九太(蓮)の行方を探し続けており、再開を激しく喜んだ。
当然、父親は今後は一緒に暮らそうと提案し、九太は人間界と渋天街のどちらに住むかを迷う。
そんな中、熊徹は九太が人間界と行き来している事に気付き、口論となり九太は熊徹の家を飛び出す。
一度は人間界に戻る九太だが、今度は父がこれまでの九太の事を哀れに思っている事に違和感を感じ、再び渋天街に戻ってくる。
九太が渋天街に戻ったまさにその時、宗師の跡目を決めるための熊徹と猪王山の闘いが始まろうとしていた。

個人的には「時をかける少女」には及ばないものの「おおかみこどもの雨と雪」「サマーウォーズ」よりは面白かった。
ただ、それはストーリーの面白さと言うよりも、声優陣の頑張りも大きかったように思う。
まず、主人公の蓮/九太のキャラクターが、今一つハッキリしない。
冒頭の少年時代、なぜ母親の親族をあんなに嫌っていたのか、それは父親に対しての思いが強かったためだと思われるのだが、それらのエピソードがほとんどない。
せいぜい、家族の写真くらいである。
だから、渋天街で熊徹と修行をしながら暮らす9年間も、普通なら九太は心の底で父の事を思っていたのではないかと思うのだが、そのあたりもハッキリしない。
さらに、再開した父親に違和感を感じるのも、これまでの九太が「辛かっただろう」と言う一言だけだ。
子どもを探し続けていた父親だったら言って不思議はない一言であり、見ている者としては、この九太の行動に違和感を感じてしまう。

若干ネタバレになってしまうが、人間は心に闇を抱えているので、超常能力が発達するバケモノ界ではその闇が大きくなる可能性がある。
だからバケモノたちはバケモノ界に人間が来る事を嫌う。
そしてこの心の闇が映画全体の大きなカギとなるのだが、バケモノ界で暮らした8年間の九太の心の闇についても、その変遷については一切触れられていない。
17歳になった九太が人間界に戻った後も、驚いているようにも感激しているようにも見えず、九太が本当は人間界に帰りたいのかどうかがハッキリしない。
なんだか、単純に楓と大学に通いたいだけのために、人間界で暮らすことを検討しているようにも見えてしまう。

ただ、これらのブレブレの九太のキャラにびしっと一本筋を通しているのが、青年期の声を担当している染谷将太だ。
実写映画でも卓越した演技力を見せるが、今回の声優でも同様の演技力で九太を演じていた。
その他、熊徹の役所広司、多々良の大泉洋、百秋坊のリリー・フランキー、楓の広瀬すずも素晴らしかった。

大まかなストーリーは悪くはないのだが、人間界と渋天街、蓮と九太、彼が本当に望んでいるのはどちらなのか、おそらくは場面場面で気持ちも揺れ動く設定なのだろうが、そのあたりのメリハリをもう少し付けた方が良かったように思う。

また、ちょっと気になったのは絵柄と世界観だ。
渋天街を含めたバケモノ界全体の雰囲気が、どうも「千と千尋の神隠し」に酷似しているように思う。
また熊徹と猪王山の闘いも、なんだかとてもジブリ臭がした。

宮崎駿が引退宣言し、その後継を期待されているためか、細田守の持ち味がかなり削がれてしまったようにも思う。
日本のアニメ・クリエイターがジブリの影響を受けない方が難しいのかもしれないが、個人的には「時をかける少女」のように、これまでの日本のアニメ映画の概念を打ち破った次回作を、監督には期待したい。


76.バケモノの子

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