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今回のギンレイは「ビッグ・アイズ」と「はじまりのうた」だったが、時間がないので「はじまりのうた」は断念した。

で、「ビッグ・アイズ」。

1958年のアメリカ西海岸、マーガレット(エイミー・アダムス)は娘を連れて夫のもとから逃げ出した。
当時はまだ女性が働く事が社会的に認知されておらず、無職の女性が自ら離婚を決意することが少なかった時代だ。
マーガレットは学生時代に絵を学んでいたため、とりあえず家具メーカーに就職して子ども用の家具に絵を描く仕事に就いた。
その傍ら、休みの日にはフリーマーケットで似顔絵を描く事もしていた。
ある日、そのフリーマーケットでウォルター(クリストフ・ヴァルツ)と出会う。
ウォルターの本業は不動産業だったが、はパリへの留学経験もありその時の経験でパリの街並みを描いていた。
二人はすぐに意気投合、さらにマーガレットの元夫が裁判所に、マーガレットの収入が安定しない事を理由に娘を引き取る申し立てをした事もあり、それを回避するために再婚することとなった。

その後ウォルターは、画廊などさまざまな場所に二人の絵の売り込みを始める。
やがてとあるバーに絵を飾る事を許され、さまざまな経緯からマーガレットの大きな目の人物画に注目が集まり始める。
ウォルターはマーガレットの絵を大々的に売り込もうとするが、その際マーガレットに、絵の作者は自分にするように言い含める。
時代背景として、女性より男性の作者である方が売り込みやすかったからだ。
マーガレットは納得いかない部分もあったが、絵が売れる事を目的に渋々承諾する。

ウォルターはゴシップ誌の記者を抱き込み、有名人に絵を寄贈するなど商才を発揮し、マーガレットの絵はみるみる評判となっていった。
ウォルターはポスター販売などの商売を広げ、マーガレットは娘にさえ内緒で絵を描く日々を送っていた。
だがニューヨーク万博のユネスコ館に寄贈した絵が、TIMESで酷評を受けてしまう。
そのあたりからウォルターの計画が上手く運ばなくなり、二人の間にも溝ができ始める。

さらに、マーガレットはウォルターがまったく絵を描いた事がなく、パリの絵も他の人の作品である事に気付いてしまう。
マーガレットは娘と共にハワイに逃げるが、ウォルターは離婚の条件に、マーガレットに新作100枚を描くように求めてきた。


ティム・バートンが実話をもとにして制作した映画だ。
実話をもとにしているだけに、ティム・バートン的な奇想天外な発想はほぼ見られない。
しかし、純朴なマーガレットがウォルターに騙され、世間を偽りながら作品を描き続ける彼女の葛藤は、ティム・バートンならではの描き方だ。
エイミー・アダムスの、幸せそうな表情と追いつめられた表情のコントラストが、映画に緊迫感を持たせいる。
ティム・バートン作品なのに、と言ってはなんだが、どの世代にもオススメできる作品だ。


75.ビッグ・アイズ


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「バケモノの子」のパブとして細田守作品が3週連続で放送されたが、ズバリ言って見るべき作品は「時をかける少女」だけだ。
で、そのつながりとして深夜に1983年版の「時をかける少女」も放送された。
録画して両作品を改めて見る。

まず1983年版の「時をかける少女」。
ご存知、原田知世と高柳良一、そして尾美としのりによる不朽の名作である。
公開当初は原田知世と高柳良一のセリフ棒読みの演技に「駄作」と評価される事も多かったが、そもそもその棒読みは監督の大林宣彦からの指示であった。
そして音楽、アングル、光の色使いなどから、近年では名作と評価されている。
特に、和子が時間を遡る際のコマ送りのような演出は秀逸だ。

今回の放送では残念ながら、味わいのあるオープニングロールはカット、柱時計の針が和子に向かって飛んでくる印象的なシーンもカットされた。
それ以外にも冒頭の、授業シーン~実験室に掃除に向かうあたりもかなりカットされていたように思う。
しかし、逆に過去に放送された時にカットされたシーンがかなり復活していた。
今回の作品を見ると、すべて通した完全版をもう一度見たくなる。
全体の構成としても、SFと学園物をうまく組み合わせており、青春映画の金字塔と言えるだろう。

ちなみに高柳良一は都合5~6年くらいで俳優業を引退し、一時期角川書房で「月刊野生時代」の編集者をしていたが、その後ニッポン放送に転職して今は総務部長との事だ。
編集者時代に林真理子にかなりイジられいたのだが、それが理由で編集者に嫌気がさして転職したのではない事を、祈るばかりである。

続いて細田守のアニメ版「時をかける少女」。
1983年版に、勝るとも劣らぬ名作だ。

ちなみに、日本アカデミー賞で最優秀アニメーション作品賞が設定されたのが、2006年の第30回。
この年に受賞したのがこの「時をかける少女」である。
ほぼ同時期にジブリが「ゲド戦記」を公開していたが、こちらが受賞した。
おそらく上映館数で言えば文字通りケタ違いだったにも関わらず、だ。

主役の紺野真琴の声を演じたのは仲里依紗で、当時若干15歳、まだ長崎に住んで仕事のたびに上京していたころだ。
しかしアニメとは言え非凡な演技力を見せている。
特に、クライマックスの坂道を転げ落ちるシーンでの「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ」と叫ぶシーンや、ラスト近くで千昭との別れに泣くシーンは秀逸である。

テンポのいい脚本と演出も素晴らしい。
監督は周知の細田守で、脚本はあまりフィーチャリングされていないが奥寺佐渡子だ。
彼女は「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」でも脚本を担当しているが、この他にも「八日目の蝉」で日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞している。

さらに音楽も非常に良かった。
日常の緩やかな音楽と坂道を転がり落ちるシーンのメリハリ、そして主題歌と挿入歌に奥華子を選んだ部分もセンスを感じる。

これまで日本アカデミー賞の最優秀アニメーション作品賞は8作品が受賞しているが、個人的には「時をかける少女」と「鉄コン筋クリート」の2作品を高く評価したい。

今回1983年の実写版と2005年のアニメ版を見てどちらの作品も傑作である事を再認識したが、できれば仲里依紗が主演した2010年の実写版も一緒に見たかった。


73.時をかける少女(1983年版)(再)
74.時をかける少女(2006年版)(再)


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アベンジャーズの第2弾、前作でソーの弟ロキが率いる宇宙人と激闘したアベンジャーズだが、今回はトニー・スタークが誤って開発した人工知能が敵となる。
なんだか敵が一気にスケールダウンした感もあるが、観ている者がこれまで感じていたアベンジャーズの弱点などにもきちんと触れており、かつアクションも遜色はない。
シリーズの1エピソードとして手堅くまとめられていた。

今回は「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」から話がつながっている。
この映画も劇場で観たはずだが、内容をすっかり忘れていて後から調べて気付いた。

キャプテン・アメリカの宿敵ヒドラの残党が、ロキの杖を使って人体実験を行っていた。
その情報を掴んだアベンジャーズは秘密基地を急襲、しかしヒドラのリーダーであるストラッカーの実験から生まれた双子のエスパーに手痛い反撃を受ける。
エスパーの一人ピエトロは高速で移動をし、彼によりホーク・アイが重傷を負わされる。
そしてテレキネシスとマインドコントロールの能力を持つワンダは、トニーの心に侵入してロキたちとの戦いに敗れた幻影を見せた。
しかしストラッカーの降伏によりアベンジャーズは勝利、ロキの杖とストラッカーが開発していたデータを入手した。

帰還後、ホークアイはチョ博士が開発した人工皮膚で傷を再生、トニーとバナーはストラッカーのデータとロキの杖を解析していた。
その結果、ストラッカーが人工知能を開発していたことがわかる。
トニーは科学者の好奇心でこの人工知能の開発を進めるのだが、その結果人工知能はウルトロンとして覚醒、地球を救うために人類を一度絶滅させるべきだと考えて行動を始めた。

ストーリーは、どんどん進化するウルトロンとアベンジャーズたちの戦いである。
そう書くと、アベンジャーズ vs ロボット軍団のちょっと大味な戦いになるのかなと思ったが、アベンジャーズの内面を描くなど、なかなか繊細なストーリーとなっている。
まず冒頭のヒドラとの戦いの中で、ストラッカーが「弱いヤツを攻撃しろ、一人でも倒れれば味方の士気があがる」と言う。
このセリフがキーとなる。

アベンジャーズを観たほとんどの人が、ホークアイとブラック・ウィドウは普通の人間で、この二人あんまり活躍してないよね、と考える。
そして実際、ホークアイにもその思いがあった。
彼には秘密の隠れ家があり、S.H.I.E.L.D内でもその存在は知られていなかった。
そこではホークアイの人間性が語られ、ワンダのマインドコントロールによって心を乱されたアベンジャーズたちの心を和らげることになる。
またバナーも、圧倒的なパワーで敵をなぎ倒すハルクだが、暴れているときは敵味方の区別がつかず多大な犠牲を出すことに悩んでいた。
そんな彼の優しさに、ブラック・ウィドウは共感している。

前作では、巨大な攻撃力を持つソーとトニーが意見の相違で揉め、そこにキャプテン・アメリカが仲裁に入る、と言う図式だった。
今回ももちろん小競り合いがあるのだが、どちらかと言えば前作であまりフィーチャされなかった、ホークアイ、ブラックウィドウ、ハルクの3人にスポットがあたっている。
単純なロボット戦争にせず、アベンジャーズの内面を表現している部分が映画を面白くしている。

ストーリーはシンプル、しかしアクションシーンの迫力は期待通り。
基本的にこのシリーズが好きな人は、観て満足するだろう。

ただちょっと疑問なのは、「アイアンマン3」でトニー・スタークはアイアンマンのスーツと縁を切ったはずなのに、その部分には本作では触れられていなかった。
そしてやはり「アイアンマン3」のラストで「あっち」の世界に触れていたのに、その件についても何も予告がなかった。
ソーのエピソードの広がりを予感させる部分もあったので、シリーズをいろいろと横展開していくつもりなのだろうが、ファンが付いていけるくらいの広がりにして欲しいとも思う。


72.アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン


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ここのところ、かつて人気であったシリーズのリブート作品が多いが、この作品もおそらく「ターミネーター」のリブート作品である。

「1」で1997年であった「審判の日」は、「2」のエピソードで2004年に延期され、「3」で実際に「審判の日」を迎えることになる。
そして「4」でジョン・コナー率いる人類は、見事スカイネットを破壊することに成功する。
さすがにここでシリーズも終了かと思いきや、本作品はこのスカイネットを破壊する日からスタートする。

他のチームがスカイネットにとどめを刺しに行っている時、ジョン・コナーとカイルはロスの収容所を攻撃していた。
ジョンは収容所の地下に、ターミネーターを過去に送りこむ転送機があることを知っていたのだ。
ジョンたちのチームは転送機を破壊すべく地下に乗りこんだが、間一髪遅く、最初のターミネーターは1984年に送りこまれてしまった。
幼少の頃、ジョン自らに命を救われていたカイルは、サラを護るべく過去に行く事を志願する。
転送機が動いて過去へ旅立つ瞬間、カイルは目の前のジョンが襲撃されているのを目撃してしまう。
すると、カイルの中に新たなる記憶が刻み込まれた。

1984年では、すでにT-800がサラを探し始めていた。
だがT-800はいきなりT-800そっくりのターミネーターに破壊されてしまう。
一方カイルも1984年に降り立つのだが、そこではT-1000型のターミネーターがカイルを待ちうけていた。
T-1000型にカイルが命を奪われそうになる瞬間、彼を救うためにサラとT-800のターミネーターが現れた。
1984年より9年も前に、サラを護るべくプログラミングされたT-800型ターミネーターが送りこまれていたのだ。
「1」ではカイルがT-800型からサラを護るのだが、本作品ではカイル、サラ、T-800型の3人(?)で、スカイネットの誕生を阻止すべく行動する。

ハッキリ言って、「1」~「3」までのエピソードはなかった事になっている。
その要因は、誰かがサラを護るべくプログラミングしたT-800型を1975年に送りこんだからなのだが、そこから歴史が変わってしまったのだ。
「2」で、歴史は変わる事は無く「審判の日」は延期されただけだと言い切っていたのに、結局根底から話が覆されてしまっている。
ただ、リブート作品だけに、これはこれでアリなのだろう。
その後もタイムトリップ物の最大の問題点、過去が変わってしまった場合の未来の扱いについて、パラレルワールド説を取る事もなく、「過去が変わっても未来は影響を受けない」と言い切っている。
その一方で、スカイネットを起動させない事で「審判の日」が回避されると言う前提で話が進んでいたりもする。
結局、過去の変更が未来に影響を与えるのか与えないのか、この作品では整合性が取られることがないのだが、実はそのあたりはあまり気にならない。
なぜなら登場人物たちも、過去を変えることで未来がどうなるのかわからないまま行動をし、さらに途中からはそんな細かい事考えてる余裕がなくなるほど、追う側も追われる側も切羽詰まった展開となるからだ。

ただどうしても気になるのが、転送機の仕組みである。
電子レンジ同様、生命体以外は磁気に激しく反応してしまうからという理由のため、転送機に入るときには誰もが服も身に付けずに素っ裸になる。
だが、そもそもターミネーターは外見は生命体のように見えて、中身はバリバリの金属である。
最初にシュワちゃんのT-800が裸で転送されているので、外側が生命体なら中が金属も転送できるのかと思いきや、そうでもないらしい。
さらに、液体金属製のT-1000は何度も転送されているし、本作品でも転送されているので、T-1000は人間に擬態している時は完全に生命体となって転送もOK、という事なのかと思いきや、こちらもそうではないらしく、実際T-1000はMRIに反応して引き付けられたりもしている。

T-800、T-1000が転送機に入れないことが映画を面白くする要素となっているのだが、一方で、じゃあどうやって過去に送りこまれたのか、が気になって仕方がない。
リブート作品なら次回作でそのあたりも説明してもらいたいものだが、この作品を観ている限りではちょっと難しそうだ。
結局最後までこの矛盾は無視されたままのような気もする。


71.ターミネーター:新起動/ジェニシス


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去年、一昨年と1作品ずつしか公開がなかった園子温の、今年3作品目の作品だ。
今年と言っても2カ月で3作品、そしてこの後9月にも「みんな!エスパーだよ!」が公開される予定。
ただ、「ラブ&ピース」は園子温ぽかったが、「新宿スワン」はハッキリ言って園子温が監督したとは思えない出来栄えだった。
で、この「リアル鬼ごっこ」はと言うと、非常に微妙な感じである。

女子高生のミツコ(トリンドル玲奈)は修学旅行中のバスの中にいた。
社内はテンションの上がった女子高生が大騒ぎしていたが、いきなりカマイタチのような突風が吹きバスは上下に真っ二つになってしまう。
床に落ちたペンを拾おうとしゃがんだミツコだけが助かったが、それ以外の運転手、乗客は胴体を真っ二つにされて全員死亡。
パニックに陥ったミツコは逃げるために走り出す。
やがてミツコは、他の女子校に登校する生徒の集団に遭遇する。
すると登校する生徒たちが、あたかも昔からミツコを知っているかのように挨拶をしてくる。
訳がわからないまま、一緒に登校するミツコ。
そこには親友のアキ(桜井ユキ)たちがいた。
まるで何もなかったかのように、その学校での生活が始まる。
ミツコはよくわからないまま、自分が朝遭遇した殺人事件は夢なのかと思い、その話をアキたちにする。
すると仲間の一人のシュール(冨手麻妙)が、それはパラレルワールドの話だと説明を始める。

原作は山田悠介の人気作品。
原作は読んでいないが、最初の映画は観た。
ただ最初の映画は、世界感は面白味があるものの予算不足のためか、ちょっと迫力不足の出来だった。
今回は、タイトルにインスパイアされた園子温が原作を読まずに脚本から制作。
公開前の触れ込みでは原作の「佐藤さん」ではなく、「全国のJK(女子高生)」がターゲットとの事だったが、正確には女子高生がターゲットという訳ではない。
篠田麻里子演じるケイコは花嫁だし、真野恵里菜のいずみはマラソンランナーだ。
ただ、そのあたりはあまり重要ではなかった。

訳のわからないまま逃げ続けるミツコの設定が、ストーリー終盤までタネ明かしされない。
これってこのまま「夢落ち」で終わるんじゃないの、と思ったが、さすがに「夢落ち」ではなかった。
とは言え、風呂敷の畳み方はかなり強引だ。
この落とし方がアリかナシかと問われれば、なくはない、と答える。
だが、オチに納得いかない人も多いだろう。

そして、ストーリーの展開もかなり乱暴だ。
こういうあり得ないシチュエーションの映画の場合、あまり細かく整合性を考えずに勢いだけで押しまくる、という手法もあるとは思う。
実際、ギリギリの整合性は取れているとは思うが、それでも最後まで説明されない部分も多い。

とは言えドローンを駆使した空撮なんかは巧いし、何より逃げまくるトリンドル玲奈の映像はやはり園子温にしか撮れないだろう。
トリンドル玲奈はかつてTVドラマで山荘に閉じ込められる役も演じていたが、その時から怯える演技力はかなり巧いと思った。
今回はさらにパニックと安心のメリハリが素晴らしい。
追手の狂気の演技も園子温らしさである。

しかし総合的に考えると、園子温だから許される作品であり、それ以外の監督がこの映画を撮ったと言ったらケチョンケチョンにけなされるだろう。

とは言え、

それとは別の話になるが、ネットの書き込みでは「原作読まないで映画を作るなんて、山田悠介がかわいそうだ」と言う声もあるらしい。
たしかに原作の要素は主人公が逃げ回るという部分しかないが、しかし山田悠介が映画化を許可したからタイトルが「リアル鬼ごっこ」になっている訳だし、そもそも最初に映画化された時も原作からは大きく書き換えられた内容になっていた。
まあ、そういう人たちには映画を観てもらわなくても結構だとは思うけど。


70.リアル鬼ごっこ


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今回のギンレイは安藤サクラの2作品だ。
初日だか二日目の夕方に、「0.5ミリ」のエグゼクティブ・プロデューサー奥田瑛二が挨拶に来るほど力の入れようだ。
だが奥田瑛二が登壇した日に客が集中したのか、あるいは「0.5ミリ」が3時間を超える作品のためか、私が観た通常回は半分ほどしか席が埋まっていなかった。

まずその「0.5ミリ」。
原作、脚本、監督を安藤桃子が担当している。
そしてフードスタイリストとして安藤和津も参加。
結局のところ「家族作品」である。
そしてズバリ言ってしまうと、たとえ奥田瑛二がプロデューサーであろうとも、この作品を映画として評価してはいけないと思う。

山岸サワ(安藤サクラ)ヘルパーとして働いていたが、ある事件のためこれまで働いていた会社を辞めることになってしまう。
会社の寮も出る事になり途方に暮れたサワは、カラオケボックスの受付で利用方法が理解できずに困っている老人を見かける。
無理やりその老人とカラオケボックスに入ったサワは、無理やりおしかけで老人の面倒を見ることを思いつく。

まず一人目が元自動車工の茂(坂田利夫)だ。
独り暮らしで奇行のために友達がいない茂は、貯めこんだカネを詐欺グループに狙われるが、サワに助けられる。

次の老人は、元教師の真壁(津川雅彦)だ。
真壁は元教師だけにプライドが高い。
そして痴ほう症の妻(草笛光子)がいる。
妻の介護を担当しているのが通いのヘルパーの浜田(角替和枝)だ。
真壁は嫌がるが、サワは無理やり真壁家に入り込みヘルパー兼お手伝いとして住み込みを始める。

最後は、最初に事件があった片岡家のマコトのところに転がり込む。
事件後、マコトは父の元に身を寄せており、かつて海の家であったと思われるボロボロの家に、3人で生活を始める。

タイトルの「0.5ミリ」とは、真壁の言葉にある人間の距離感である。
「たとえ0.5ミリでも同じ方向を向いていれば」的なセリフが一度だけ出てくるが、正直セリフ自体が長すぎるうえ、前後のシーンと関連するキーワードでもないのでまったく印象に残らない。

そしてストーリー全体も、何がいいたかったのかよくわからない。
一つ一つのエピソードに関連性はまったくない。
唯一関連があるのは、冒頭の事件を起こした家と、その家に住んでいたマコトがラストエピソードにつながる事だけ。
まるで誰かが見た夢を、そのまま映像化したようでもある。

演出もかなり甘い。
茂は銀行を信用していないので使わない、と言っているのに、彼の貯め込んだカネは綺麗な新札で銀行の帯封でまとめられている。
銀行を信用しないというのなら、シワシワのカネを輪ゴムで留めている、くらいの演出は欲しい。
マコトが駄菓子屋で万引きのような事をするが、いくら駄菓子屋と言えども店の中でモグモグ食べ始めたりしないだろう。
姪が現れた瞬間、真壁がいきなりボケてしまという演出も意味不明だ。

ストーリーと言う部分で考えれば、とても映画と言えるシロモノではない。
ただ、それでも何か惹きつけられる物が、この映画にはある。

一つは安藤サクラの演技力だろう。
このとりとめのない作品を映画と言うレベルに引き上げたのは、一にも二にも安藤サクラの演技力だ。
押し掛けヘルパーとして茂や真壁に取り入る部分はかなり強引だが、それ以外はとても自然な演技である。
この映画がもし安藤サクラ主演でなかったとしたら、商業映画として劇場公開されたかどうか、疑問である。

そしてもう一つは、演出はダメダメだがアングルはなかなか素晴らしい、と言う事だ。
ストーリーは意味がよくわからないが、アジの味醂干しのザルなど、非常に美しいカットが多い。
ダラダラしたストーリーが続く映画はストレスが溜まり、途中で席を立ちたくなるが、この映画は美しいカットが多用されているためか、あまりストレスが溜まらない。
ただし、その美しいシーンもそれぞれが少しずつ長すぎる。
もうちょっと短く切り取れば、映画全体が引き締まってくると思う。
監督が編集にどれだけ口出ししたかはわからないが、そのあたりは周りが進言してもっと短く切らせるべきだったと思う。

とてもシロウト臭い映画ではあるが、もうちょっときちんと作ればもっといい映画になったのではないかと思う。

続いて「百円の恋」。

斎藤一子(安藤サクラ)は30過ぎて弁当屋を営む実家で暮らすパラサイト・シングルだ。
真面目で性格のキツイ妹が子どもを連れて出戻ってくると、すぐにケンカとなり家を出て一人暮らしする事になる。
だがその部屋も母親が用意したものだった。
生活力のまったくない一子は、なんとか100円ショップの店員にもぐりこむ。
ある日一子は、店に行く道すがらにあるボクシングジムに興味を持つ。
そのジムに登録してる狩野(新井浩文)が気になって仕方なかったのだ。
一子がボクシングジムに入会すると、狩野は入れ替わるように辞めていた。
だがはなんとか狩野と仲良くなり、一緒に暮らすようになる。
しかし狩野はすぐに部屋を出て行ってしまった。
一念発起した一子はボクシングに邁進し始める。

ストーリーはまずまずと言ったところか。
想像以上の展開はなかったが、100円ショップの店員の人間模様と一子の恋愛を、うまく織り交ぜている。
そして特筆すべきは、安藤サクラのボクシングだ。
冒頭のだらけた腐女子から、いきなりスゴいフットワークのボクサーとなる。
この安藤サクラのボクシングだけでも観る価値がある。
クライマックスのボクシングシーンも、やはり安藤サクラあっての名シーンと言えるだろう。

個人的には「0.5ミリ」より「百円の恋」の方を、大きく評価したい。


68.0.5ミリ
69.百円の恋


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「ラブ&ピース」を観て、「鈴木先生」を録画してあったことを思い出した。

映画は2013年公開だが、TVシリーズは2011年4月から放送されている。
その段階で主演の長谷川博己はともかく、メインの生徒に土屋太鳳を起用しているところがスゴイ。
さらに脇役で松岡茉優も出演している。
そして映画版では、NHKの朝ドラ出演前の風間俊介を起用。
この段階で、制作者のセンスを感じる。

映画版はTVシリーズの1学期、TVSPの夏休みが過ぎ2学期となっている。
生徒会選挙と学園祭を控え、学校は慌ただしくなっていた。
そんなとき、鈴木に心を折られて休職していた足子(富田靖子)先生が復職する。
無記名表やふざけた票を減らすことが、生徒会選挙の正しいあり方を主張し始めた。
だが、一部の生徒は足子先生の主張に反発する。

一方、学園祭に向けクラス委員の竹地は演劇を行う事に執心していた。
反発する生徒もいたが、竹地に同調する生徒と一緒に公園で練習をする。
その公園には、8年前に中学で優等生だったものの、その後社会からスピンアウトして引きこもりになった満(浜野謙太)とユウジ(風間俊介)がいた。
喫煙所でタバコを吸っていた二人だが、生徒たちからは気味悪がられ、喫煙所には不審者注意の立て看板が設置されてしまう。
その結果、二人は公園からも拒絶されたと思いこみ、より重度の引きこもりだった満が母親に暴力をふるって逮捕されてしまう。

長谷川演じる教師鈴木が、「鈴木式教育メソッド」の実験だと言いながら、小川蘇美(土屋太鳳)にあらぬ妄想を抱いてしまう。
さらに生徒が中学生のセックスの是非を学級会で討論する。
TVシリーズはかなりキワドイ内容ながらも、生徒の主張と鈴木の学級運営は正論で、なかなか見どころのある作品であった。
映画版ではさらに妄想部分が押さえられ、TVシリーズよりも硬派な内容になっている。
とは言え、ほどよく鈴木の妄想や足子先生のあり得ない行動が盛り込まれているので、作品の雰囲気は損なわれていない。
ラストの小川蘇美の大ジャンプはあり得ないが、それもあまり気になる事もない。
そして、映画版に新たに加わった風間俊介がいい演技をしている。
「純と愛」はつまみ食い程度にしか観ていなかったし、役柄もあって、ジャニーズにしては目立たないし冴えない演技をしているな、という印象だった。
だが、コミカルな演技からシリアスな演技までできる、かなり引き出しの多い役者である。
ジャニーズでありながら下ネタも許されているらしいので、今後の作品にも期待したい。

出演者が一気にブレークしているので続編は難しいと思うが、できればTVでも映画でもいいから、定期的に制作して欲しい作品だ。


67.映画 鈴木先生


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ここ数週間で、地上波、BSで放送された3作品。

まず「マッドマックス」。
1979年公開なので今から35年前の作品で、すでに伝説の作品だが私は初めて見た。

時代設定は一応近未来だが、低予算という事もあってかほぼ現代という感じだ。
マックス(メル・ギブソン)は警官で、暴走族を取り締まる特殊部隊MFPにいた。
ある日MFPは、警官殺しの暴走族のリーダーであるナイトライダーを追っていたが、マックスの追跡によりナイトライダーは事故死してしまう。
リーダーを殺された暴走族は復讐すべくマックスたちの命を狙い、同僚のジムが彼らの犠牲になってしまう。
マックスは警官を辞めようとするが、上司が慰留し長期休暇を取るように勧める。
休暇を利用して家族と旅行に出かけるマックスだが、途中、偶然暴走族一味と遭遇し命を狙われる事になる。

今見ると、正直それほど特筆すべき作品には見えない。
旅行中のマックスが暴走族一味と遭遇するという展開もかなり強引だし、カット割りや音楽もかなり古臭い感じがする。
すでに「STAR WARS」や「エイリアン」も公開されており、ハリウッド作品と比べると見劣りするだろう。
ただ、低予算でここまで作り上げたという部分での評価は高かったと思う。
実際、荒削りではあるがバイオレンスと言う部分をかなり突き詰めた作品だと思う。

続いて「マッドマックス2」。
「北斗の拳」をはじめ、その後さまざまな近未来作品に影響を与えた作品だ。

核戦争後、人類は少ないガソリンを求めて争い、暴力が蔓延する世界となっていた。
荒野を一人で旅するマックスは、旅の途中で出会ったジャイロ・キャプテンからガソリンを採掘している集落があることを聞く。
ジャイロと共にその集落に行ってみると、荒くれ者どもに囲まれている。
荒くれ者たちは集落を明け渡すように要求、集落のリーダーは彼らの要求を飲みガソリンを持って逃走する計画を立てた。
マックスが荒野から引き揚げてきたタンクローリーとともに集落の全員逃げ出すのだが、ガソリンを求めて荒くれ者どもがマックスたちを追い掛けてきた。

この映画の見どころは、荒くれ者のファッションなどの世界感、そしてクライマックスのカーアクションだ。
荒くれ者は主に、アメフト用の防具身に付けている。
マッチョな体にアメフトの防具と言う組み合わせが、バイオレンスが渦巻く世界感を巧く表現している。
そしてラストのカーアクションは、今見ても十分見応えがある。
このカーアクションが、現在公開中の「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の元になっていると言うのも頷ける。


最後は「トイ・ストーリー3」。
この作品はもう説明不要だろう。
ウッディは常におもちゃたちのリーダーで、最後は最愛の相棒アンディより仲間を選ぶ。
ラストの「あばよ、相棒」のセリフには、ちょっと胸が詰まりそうになる。


64.マッドマックス
65.マッドマックス2
66.トイ・ストーリー3(再)


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今回のギンレイは、かなりガッカリの2作品だった。

まず「薄氷の殺人」。
ベルリン国際映画祭で金熊賞と銀熊賞を獲得したと言うのでかなり期待していた。
だが大外れだった。

1999年夏、刑事のジャンはバラバラ殺人事件を捜査していた。
遠く離れた15カ所の石炭工場で体のパーツが発見され、どの工場にも出入りしていたトラック運転手のリウ兄弟が容疑者として浮上した。
ジャンが仲間と一緒にリウ兄弟を確保しようとした際、リウ兄弟がいきなり発砲、仲間二人が犠牲となりジャンも大怪我を追った。
2004年冬、リウ兄弟に追わされた怪我が原因で刑事から工場の警備員となったジャンは、妻にも逃げられ酒びたりの日々を送っていた。
ある日昔の仲間から、5年前と同じバラバラ殺人事件が起こったことを知らされる。
しかも今回の犠牲者二人は、5年前の犠牲者の元妻と関係があると言うのだ。
ジャンは事件に興味を持ち、女が勤めるクリーニング店に通い、調査を始める。

内容的にはミステリーの要素がたっぷりあるが、映画としては恋愛映画だ。
疑惑の女を調査するうちにジャンがどんどん彼女に惹かれて行くのだが、ミステリーよりもそちらの描き方の方が力が入っている。
事件の大筋はストーリーを追うごとに自然と明らかになってしまい、中盤以降は二人の距離感の方がメインになってしまうのだ。
だったら最初からロマンステイストの雰囲気で作り上げた方が、観る者に余計な期待を与えずに済んだだろう。
ミステリーとして観ると、やたら間延びしたシーンが続き、効果音も盛り上がりに欠ける。
非常に中途半端な作品で、よくこれで金熊賞を受賞できたものだと思う。


続いて「カフェ・ド・フロール」。
「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・バレ監督と言う事で期待したが、こちらもガッカリだった。
1969年パリ、ジャクリーヌは美容師をしながらダウン症の息子ローランを育てていた。
父親は息子がダウン症だとわかり逃げ出したのだ。
しかしジャクリーヌは、ローランを特別学級ではなく普通の学校に通わせ、育てていた。
一方、モントリオールで暮らすキャロルは、離婚問題で悩んでいた。
彼の元夫は人気DJのアントワーヌで、キャロルはまだアントワーヌの事を愛していた。
アントワーヌの両親と、二人の娘のうち長女は新しい母となるローズの事を気に行っておらず、再婚に反対している。
アントワーヌの心がもう自分には無い事は理解していたが、彼への思いを払拭することができず、さらにローズの事を憎む事もできず、精神不安定な状態にあった。
そんな彼女は、不思議な夢を見始める。

パリ、モントリオールと、二つのエピソードがリンクするという映画なのだが、このリンクがとてもわかりづらい。
なぜなら、リンクするキーマンがキャロルなのに、モントリオールのエピソードが終始アントワーヌ視線で描かれているからだ。
観客は二つのエピソードがどうつながるのか期待しながら映画を観るのだが、どうにもアントワーヌが1969年のパリとつながってこない。
ちょっとイライラし始めた頃に、実はキャロルの夢とリンクしているという展開になる。
しかも霊媒師が出てくるなど、なんだかホラーテイストなつながり方である。
映画が進むほど、パリとモントリオールの誰の気持ちを主題に描きたいのかがぼやけてしまい、最後は結局そういうオチですか、とガッカリする。
ラストも無理やりこじつけたようなオチで、監督が描きたかったラストシーンが本当にこれなのかと疑問に思ってしまった。

かなり忙しい中時間をやりくりして観に行っただけに、2本ともガッカリで落胆は大きかった。


62.薄氷の殺人
63.フェ・ド・フロール



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園子温がアメリカでホームレスをしていた若い頃に構想した作品との事だ。
「冷たい熱帯魚」「恋の罪」などを撮った監督の原点が、こんなファンタジー作品だったというのはちょっと意外だった。

鈴木良一(長谷川博己)はミュージシャンを目指していたが断念、機会部品を作る会社で働いていた。
音楽以外はまったくダメ男の鈴木は、会社でも上司、同僚から馬鹿にされる存在で、唯一彼の事を見つめているのが寺島(麻生久美子)だった。
ある日鈴木は、デパートの屋上で小さいミドリガメを買う。
彼は亀を「ピカドン」と名付け、諦めきれないミュージシャンへの夢を日々語っていた。
亀に愛着を持った鈴木は会社にまで連れてくるのだが、同僚にその亀が見つかってしまう。
馬鹿にされ批難される鈴木、しかも憧れの寺島にまで会社に亀を連れてくることを否定されてしまう。
絶望した鈴木は、愛する亀をトイレに流してしまった。

トイレに流された亀は排水口を彷徨い、やがて地下に住む不思議な老人(西田敏行)の元にたどり着く。
この老人は捨てられたペットや壊れたおもちゃと一緒に暮らしていた。
老人が作る不思議な飴をなめると、動物もおもちゃも人語を話すようになる。
亀も飴をもらってなめるのだが、その飴は老人の手違いにより人語を話す飴ではなく願いを叶える飴だった。
亀は鈴木のビッグになる願いを次々と叶え、体を大きくしていく。

一方鈴木は、亀のいない失意の日々を過ごしていたが、ふとしたきっかけでバンドのボーカルとしてデビューすることになる。
亀を失った思いをつづった歌は大ヒットし、鈴木は一躍スターダムへとのし上がっていく。

どんどんスターになる鈴木と、鈴木の願いをかなえようとする健気な亀の物語だ。
亀がたどり着く不思議な老人の住む空間は、非常にファンタジックである。
亀やおもちゃたちの動きは、CG全盛のこの時代から考えるとちょっとぎこちないようにも見えるが、あまりリアルに動かしてしまうとファンタジー感が薄れ生々しくなってしまうのだろう。
ミルク飲み人形のマリア、ネコのぬいぐるみのスネコなど、おもちゃたちのキャラクターもきちんと確立されているので、ストーリーに一本筋が通っている。
特にスネコのセリフは、ファンタジー作品の中でも現実の厳しさを表現しており、作品全体のバランスを調える重要な役割を担っている。

前半に伏線を張り、起承転結がきちんと別れ、ラストも希望を持たせる終わり方だった。
映画としては、ある意味教科書通りの作りとなっている。
破天荒と思われる園子温だが、原点ではやはり基本通りの映画を構想していた。
天才と言えども、やはり基礎、基本が重要なのだと思わせる作品であった。


61.ラブ&ピース


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