2017年 09月 25日 ( 1 )

「江戸のレンブラント」と称された画家を知っているだろうか。
画家の名は葛飾応為。
葛飾と言う雅号から北斎の門下生と想像できるが、実はただの門下生ではなく実の娘である。
しかも「北斎の影武者」とも言われているほどの腕前だ。

この夏、大英博物館で「The Great Wave」という特別展が行われ、大変な人気だった。
「The Great Wave」はもちろん「神奈川沖浪裏」の事で、あべのハルカス美術館と大英博物館の共同プロジェクトである。
日本では「北斎-富士を超えて-」というタイトルで10/6から11/19まで開催予定だが、残念ながら東京での開催は予定されていない。

この特別展に併せて、まずはNHKでいろいろな番組が放送された。
「歴史秘話ヒストリア」は2週に渡り、それぞれ北斎、応為を取り上げ、宮﨑あおい主演で「眩(くらら)~北斎の娘~」というドラマも放送された。
そこで初めて知ったのだが、葛飾応為という画家は、ある意味では北斎を超えた存在だったようである。

北斎は雅号を次々と変え、100回近く転居をしたことでも知られている。
しかしその家族についてはあまり語られていない。
北斎には二男四女の子供がいたそうだ。
その中で画家になったのは、三女のお栄、葛飾応為だけのようである。

上記のNHKの番組によると、北斎は弟子もたくさん取っており、仕事場はあたかも工房のようであったらしい。
北斎が絵を描き、彩色や仕上げは弟子たちが行っていたようだ。
そして晩年になると、応為が描いた作品に北斎の落款が押されたこともあったと言う。
偶然ではあるが、これはレンブラントが行っていたことと同じである。
レンブラントも多数の弟子を抱え、弟子の作品にレンブラントがサインを行っていたこともある。
これはすでに研究者によって、弟子の作品にレンブラントの直筆サインが描かれていることが証明されているので、都市伝説的な噂ではない。
北斎についても研究者によると、肉筆画の「菊図」を見ると、線のタッチが繊細で、その当時の北斎の他の絵とは明らかに異なっているらしい。
また、色の濃淡で光源を表現するなど、北斎ではなく応為の作品の特徴が出ているとも言われている。

応為が「江戸のレンブラント」と呼ばれているのは、この独特な光の表現法のためである。
応為の代表作「吉原格子先図(よしわら こうしさきのず)」「春夜美人図(しゅんや びじんず)」では、当時の浮世絵にはなかった光の表現が用いられている。
そして応為がこの光の表現法を身に着けたのは、北斎がシーボルトから依頼された洋画作成を行った時であるらしい。
性格もずぼらで家事は何一つできず、嫁いだ画家の家から離縁された応為も、絵を描くことに関してだけは貪欲だったようだ。
女性ながら、依頼された春画も何枚も描いたらしい。
父北斎の画力に心酔しながらも、それを超える絵を描こうとしていたのかもしれない。

特別展開催中は、このほかにも特別番組が放送されるだろう。
なんとか特別展にも行きたいのだが、期間が1か月半しかないことを考えると、ちょっと難しそうだ・・・。


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