「聖の青春」

ちょっと評価が難しい作品だ。
映画としての完成度は高いのだが、将棋について知識のない人にとっては全体の流れがまったく理解できないだろう。
ただ、そう言う人が見に来る可能性は低いかもしれないので、これはこれでいいのかもしれない。

1993年、日本将棋連盟関西本部に所属していた村山聖(松山ケンイチ)は、前年のリーグ戦を勝ち上がり7段となった。
ちょうど時代の寵児羽生善治(東出昌大)を筆頭とする「羽生世代」が頭角を現し、将棋界は世代交代の波を迎えていた。
そして自分の意思と関係なく聖も「羽生世代」の一人と考えられていた。
聖は羽生に強烈なライバル心を抱き、関西本部所属では羽生と互角に戦えないと考え、師匠の森信雄(リリー・フランキー)に相談し、関東本部へ移籍する事にした。
幼いころからの持病腎ネフローゼを抱え、体調不良の日が多い弟子を案じ、森は将棋雑誌の編集長をしていた橋口(筒井道隆)に身の回りの世話を頼んだ。

元々がそうなのか、あるいは幼少時の病気による長期入院が彼をそうさせたのか、聖は人付き合いが極端に下手であった。
先輩や年上の人間にもストレートに批判をし、それでいてさみしがりな部分も持つなど、一言で言って面倒くさい性格であった。
しかし将棋の棋力は、誰もが認めざるを得なかった。
「終盤は村山に聞け」という言葉すらできたほどである。

だが、元々持病があるのにジャンクフードの食生活や深酒、徹夜のマージャンなど節制を怠ったため、聖の病は進行して行く。
それでも、タイトル戦で羽生へ挑戦もしていた。
対戦成績で羽生と互角の聖の挑戦は、話題となりマスコミも大きく取り上げていた。

だがその後は、長期戦では体力が持たない事もあり、せっかく昇進したA級リーグからも陥落してしまう。
さらに、膀胱ガンを発症している事もわかった。
それでも同じような生活を送っていた聖だが、やがて余命宣告を受けてしまう。
脳が鈍るから、という理由で麻酔を拒否しようとした聖だが、さすがに師匠からの説得を受け手術する事を決断する。
聖は実家の広島で療養した後、再び東京に戻ってリーグ戦を戦う。
しかし、看護婦を伴った一戦は長期戦で深夜にまでおよび、集中力を欠いた聖は痛恨の落手で敗戦してしまう。

その後病状が悪化し、聖は1998年A級リーグ所属のままこの世を去ってしまった。

私自身、将棋については駒の動かし方を知っている程度だが、かつて所属していた会社が「週刊将棋」というタブロイド版を出していた事もあり、村山聖という破天荒な天才が夭逝したという話は知っていた。
そして原作は読んでいないが、かつて藤原竜也の主演で放送されたSPのTVドラマも見ていた。

彼の死後にエピソードとして知ったのだが、非常にぶっきらぼうな性格であるものの、なぜか誰からも愛されていたそうだ。
師匠もまた「この師匠にしてこの弟子あり」的な破天荒な人で、他の師匠ならおそらく数カ月で破門になっていてもおかしくなかったそうだが、病気で伏せる弟子のパンツまで洗濯したそうである。

この映画は原作を基にしたフィクションではあるが、制作者はできるだけ取材をしたうえで、実在の人物の設定を生かそうとしている。
例えば、師匠の森信雄役のリリー・フランキーの歯がヤニで黄色かったりする。
聖の部屋はメチャメチャ汚くて、積まれた段ボールは広島と書かれた文字が多い。
酒を痛飲するシーンも多いが、聖はワインを飲むシーンが多いので、おそらくワインを好んでいたのだろう。
細かい部分にこだわる事によって、聖のキャラクターをより鮮明に浮き上がらせる演出をしている。
そして聖役のマツケンをはじめとした役者陣も、その演出に見事に応える演技を見せている。
特に、羽生善治役の東出昌大の演技は秀逸だ。
将棋にそれほど興味がなくともさすがに羽生善治はTVでよく見かけるが、質問への受け答えの仕方、首の傾げ方など、羽生善治そのものとも言える演技である。

個人的に、特に心を打たれたのは弟弟子の江川(染谷将太)が奨励会落ちする時のシーンである。
期待されたものの、江川は最終局で子どもに負け、年齢制限で4段に昇進できず奨励会を去る事になる。
師匠の森と3人の慰労会の席でも、聖は江川を励ますどころか激しく批判する。
江川なりに頑張って4段昇進に挑んでいたのだが、文字通り命を削って将棋を指していた聖には「命を掛けている」という言葉を安っぽく使って欲しくなかった。
会計後も「ここはいい」という師匠に対し、「よくないです」と言って札を押しつけ、師匠が受け取らなければそこで1万円札を何枚もちぎって捨てる。
「カネなんて生きている者にしか必要ないんです」と叫ぶ聖に、彼の人生に対しての絶望と達観、焦り、そして勝利への執念を垣間見た気がした。

場面場面で、ストーリーに関係のない情景描写がスローで流れる。
そのシーンが、先ほど書いた聖の絶望、達観、焦りを巧みに表現している。
監督の森義隆と言う人は主にドキュメンタリー作品を作っている人らしいが、この作品に非常にマッチしていると思った。

ただやはりどうしても、マニアックな作品と言わざるを得ない。
少なくとも最低限、奨励会で4段を目指す棋士の卵が何百人といても、結局棋士になれるのは年に数人しかいない、またタイトルを保持するどころかタイトルに挑戦できるのも1年にたった1人しかいない世界である、と言う部分を知っていないと、この作品の持つ緊迫感がまったくわからないだろう。
また、聖がこの世を去ったのはもう20年以上前だが。現在も棋界の主流は「羽生世代」、しかもやはり羽生を中心として回っていて、その他のメンバーが代わる代わるタイトルに挑戦したり奪取したりするものの、羽生を上回わり「今は●●の時代」と言われる者はいまだ存在しない。
そんな状況だからこそ、死ぬまでに羽生と互角の戦績を残した村山の才能が評価されるのだが、その部分は映画の後の話なので、ストーリーの中では語られていない。
事前知識がないと、映画のメッセージが伝わりにくくなってしまう。

ちなみに細かい小言を言うとすれば、冒頭の千駄ヶ谷駅のシーンで、1994年当時にはなかったはずのJRの行き先の電光掲示が映り込んでいる。
また、羽生が神社から立ち去るシーンで、奥にやはり当時はなかったはずの、タバコの自動販売機のtaspoの点滅が見えた。
ブラウン管テレビやVHSテープなど屋内のシーンは当時がきちんと再現されていたが、こだわりの強い作品だけに屋外にも気を使ってほしかった。

松山ケンイチと藤原竜也でヒットした「デスノート」から10年後に、かつて藤原竜也が演じた村山聖をマツケンが演じると言うのも何かの因縁かもしれない。
そう言う部分も含めて、非常にマニア向けに作られた作品である。


102.聖の青春


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by ksato1 | 2016-11-28 06:59 | 映画 | Comments(0)