「岸辺の旅」

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で、黒沢清が監督賞を受賞したと聞いていたのでかなり期待して観に行ったのだが、観終わった後は正直かなりガッカリした。

大学病院の医師であった薮内優介(浅野忠信)は数年前に失踪し、妻の瑞希(深津絵里)はピアノ教師をしながら彼の帰りを待っていた。
そして秋のある夜、瑞希が白玉団子を作っているときに優介が戻ってくる。
だが彼はすでに死んだ身で、肉体は海の底で朽ち果て魂だけが戻ってきたという。
そして、自分が失踪していた間に立ち寄った場所に一緒に行こうと瑞希を誘った。

最初に行ったのは、さびれた街の新聞販売店だった。
そこの店主の島影(小松政夫)も、また肉体は朽ち果て精神だけの存在らしいが、島影自身もその事に気付いていない。
そしてある日、島影は成仏したのか忽然と消え、優介と瑞希が滞在していた新聞販売店は廃墟と化した。

次に優介たちが訪れたのは、古い建物ながらも夫婦二人で切り盛りして繁盛している定食屋だった。
そこでピアノを見つけた瑞希が弾き始めると、若くして死んだ定食屋の奥さんの妹が現れる。

最後に訪れたのは山村だった。
そこには、年老いた家主と息子の嫁、孫の3人が暮らしていた。
家主の息子は優介同様失踪し、やがて死亡の知らせが来たため息子の嫁が引き取りに行く。
だが、嫁もそのまま音信不通となってしまっていた。
しばらくして優介と嫁が二人で村に戻り、優介は村人たちに説話をして尊敬される存在となっていた。

まず、映画の主題がハッキリとしない。
「黄泉がえり」的に、死んだ者と残された者の心の交流を描きたかったのだと思う。
しかし、まず最初に出てくる島影が残された誰と交流したかったのか、よくわからない。
彼は街中で配達している新聞が、幻なのか本当の出来ごとなのかもよくわからない。
最初の島影のエピソードがきちんと描き切れていないので、そこから先の話もどう解釈したらいいのかわからないままストーリーが進んでいく。
死者が蘇る理由と、死者が成仏するきっかけもわからない。
何から何まできちんと描かずあやふやなままなので、観終わった後もモヤモヤしたものが残る。

いかにもフランス人は好きそうな感じではあるが、日本人の私としてはまったく納得できない映画であった。


111.岸辺の旅

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