「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド」

前篇を観てガッカリしたので、後篇も期待しないで観に行ったが、まあその程度のレベルの作品であった。
ハッキリ言って、設定および脚本が商業映画のレベルに達していない。
高校生の文化祭、下手をすれば中学生の学芸会レベルだ。
制作途中に「この脚本ではお客を呼べません」と言える、勇気のあるスタッフはいなかったのだろうか。

前作で巨人に変身したエレン(三浦春馬)は、捕らわれて司令官(國村隼)の尋問を受けていた。
仲間はエレンの無実を訴えるが、司令官は耳を貸そうとしない。
そうこうするうちに、鋼鉄の巨人が姿を表しエレンを浚ってしまった。

エレンが目を覚ました場所は、不思議な部屋だった。
エレンはそこで、シキシマ(長谷川博己)から巨人がなぜ誕生したかの説明を受ける。

一方、鋼鉄の巨人の襲撃で司令官を失った一行は、ハンジ(石原さとみ)を中心に不発弾の探索に出かける。
最後の爆薬を失ってしまったが、不発弾の爆薬で壁を閉じる事ができると考えたのだ。
巨人から襲撃を受けることなく、首尾よく不発弾を手に入れたハンジ達であったが、シキシマ率いる部隊の襲撃を受ける。
シキシマは内側の壁を壊して巨人を内部に侵入させ、新しい世界を作ろうと考えていたのだ。

もう、どこから突っ込んでいいのかわからないほど幼稚な脚本だ。
鋼鉄の巨人がエレンを奪いに来た時から、全体の設定が丸裸になってしまう。
後は予想通りの展開を追うだけだ。
さらに、前篇で最後の爆薬がなくなってあれだけ大騒ぎしたのに、後篇ではいきなりその代わりの不発弾が登場する。
しかも不発弾の火力もよくわからず、それ以前に野ざらしで放置されていた火薬が使えるかどうかも、誰も疑問に思わない。
なのに、不発弾ですべての問題が解決されるかのように、能天気に不発弾へと向かい始める。

エレンが目を覚ました部屋も、この映画全体の世界観とマッチしていない。
ストーリーの裏側の設定でこういう部屋が存在していてもいいのだが、その布石がエレンが目覚めるまで何一つないため、ゴリゴリに違和感を感じる。

シキシマとミカサ(水原希子)の距離感もよくわからずモヤモヤするし、アルミン(本郷奏多)、ジャン(三浦貴大)、サシャ(桜庭ななみ)あたりの描き方は、雑以外の何物でもない。
細かい話で言えば、対巨人攻撃用の兵器としては、洋弓はまったく役にたたないのに、サシャが弓で攻撃し続けるのも意味がわからない。
そもそも結末を観ると、エレンたちの目的がなんだったのかもわからなくなる。
前篇を観た限りでは、壁の穴を塞いでこれ以上の巨人の侵入を防ぐのが目的だと思っていたが、エレンたちの希望はそこにはなかったようだ。

長谷川博己や石原さとみが熱演すればするほど上滑り状態になってしまい、観ているこちらがツラくなってしまった。
来年の「シン・ゴジラ」がこのような作品にならない事を、祈るばかりである。


102.進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド


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