「フューリー」

いわゆる戦争モノで、戦場における兵士たちの追い詰められた心境を表現しているのだが、これまでの映画ではあまり見られなかったほどかなり際どい表現を用いており、ギリギリまで追い込まれた兵士たちの心情を細かく表現している。

戦車フューリーのチームは、北アフリカ戦線からヨーロッパ戦線に転戦したベテランチームである。
だが、前回の戦闘で副操縦手が死亡したため、新人のノーマン(ローガン・ラーマン)が配属される。
だがノーマンはタイプライターしか触ったことがなく、最初の戦闘でドイツの少年兵を撃つ事をためらったため、戦車隊に被害を出してしまう。
怒った戦車長のドン(ブラッド・ピット)は、ノーマンに無理やりドイツ兵の捕虜を射殺させた。

その後、戦車隊はある街を制圧し、しばしそこにとどまる事になる。
ドンはノーマンを連れて民家に入り、そこの女性2人と仲良くなった。
ノーマンは女性経験がなく、そこの若い女と初体験をする。
その後、4人は仲良く食事をしようとするのだが、ドンとノーマン以外のメンバーが部屋に入ってくる。
新入りのノーマンを優遇するドンに対し、嫌がらせをする他のメンバー。
ドンの我慢が限界に達しそうになったとき、伝令が来て次のミッションが告げられる。

次の指令は、反抗するドイツ軍をストップするミッションだった。
しかしドイツ軍のタイガー戦車は、装甲も砲撃の貫通力も連合軍の戦車を大きく上回っていた。
実際、1台のタイガー戦車と遭遇したドンたちの戦車隊は、ドンの戦車を除きすべて撃破されてしまった。
なんとか生き延びたドンたちであるが、今度は1台でドイツ兵を食い止めなければならない。
ドンは仲間たちに、自分は残るが撤退しても良いと告げるのだが、ノーマンを含め全員がフューリーに残ってドイツ軍と戦うのだった。

ノーマンが初めて戦車の中に入ると、そこには吹き飛ばされた顔の皮が残っている。
前任の副操縦士だ。
また、捕虜であるドイツ兵の処刑シーンも、なかなか生々しい。
これまで戦争映画は幾多もあって、当然仲間が吹き飛ばされるシーンなどもあったが、この映画はさらにそこから一歩踏み込んだ表現をしている。
実際にそういう事が起きていたのかどうかはわからないが、あれだけ死がすぐ隣にある状況では、兵士たちが途中の街で狼藉を働く心情もわからなくもない(それが正当化されるわけではないが)。

「西部戦線異状無し」では、脚を吹っ飛ばされた兵士の長靴を別の新兵が欲しがるシーンがある。
あれはあれでかなり非情さを表現しているが、この映画は戦車での接近戦などもっと直接的な表現が使われている。
「メンフィスベル」でも兵士たちの戸惑いが表現されていたが、この映画では常軌を失う兵士たちがより強く表現されていた。

ただ、それが面白いと言えるかどうは別の話だ。
狙いとしてはチームが一つになってドイツ兵を食い止める感動の作品なのだと思うが、表現が生々しすぎて、感動と言うよりは戦争を深く考えさせる作品になってしまっている気がする。


163.フューリー


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by ksato1 | 2014-12-08 23:10 | 映画 | Comments(0)