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「風立ちぬ」

映画を観ている時は、私は泣かなかった。
むしろ観終わった後は、清々しさを感じた。
だが時間が経つにつれ、宮崎駿がどんな思いでこの映画を作ったのか、それを考えるととても素晴らしい映画である事がわかり、どんどん感動が深まっていった。

まず、堀辰雄の「風立ちぬ」と「菜穂子」、そしてトーマス・マンの「魔の山」を読んでいるかどうかで、泣けるかどうかわかれるんだと思う。
「魔の山」はともかく、「風立ちぬ」を読んでいる人は多いと思うから、そういう人は泣けるのだろう。
残念ながら私はどの作品も未読のため泣けなかった。

結論から言えば、宮崎駿は戦争は反対するものの、戦争の時代でも一生懸命生きた人達の事を考えなければならない、そうでなければまた同じことが繰り返される、という事が言いたいのだと思う。
表現はかなりギリギリだが、作品のここそこに、当時日本は戦争を目指さざるを得ない状態にあった事が表現されている。
端的に表れているのは、「この国は技術もカネもない」という本庄のセリフだ。
また、駄菓子屋の前で親の帰宅を夜遅くまで待っている兄弟たちも、当時の日本がいかに貧困で、みんなが豊かになろうと必死に頑張っていた事がわかる。
だから全世界が帝国主義だった時代に、結果として日本も帝国主義へと進んでしまったのだ。
そして飛行機が大好きで戦争が大嫌いな宮崎駿自身、帝国主義が飛行機技術の進歩に寄与した部分が大きい事もわかっていて、その矛盾に迷いを感じていたはずだ。

堀越二郎があまり感情を表に出さず、常に淡々と表現している部分が秀逸である。
二郎は日本の状況を肯定も否定もせず、常に冷静に自分の夢だけを追い続ける。
日本が迷い、間違った道へ進んでいる時代を、主人公が感情を込めて語る訳にいかなかったからだ。
だから、二郎の声を庵野秀明にしたのも正解なのである。

今秋に公開されるスタジオジブリのドキュメンタリー映画で、そのあたりの経緯が語られている。
先日TVで少し放送されたが、宮崎駿と鈴木敏夫は二郎の声を「その時代に正直に生きていた人」という設定にこだわっていた。
しかし現在の声優、役者では、それを再現できそうな人はいなかった。
「だったら素人か」「だったら庵野か」という流れで決まったらしい。
だが、ズバリ言って正解であった。

二郎は何度も夢の中で、憧れの人カプローニと会う。
そこでは二郎の迷いにカプローニが答えを出してくれる。
その二郎の迷いこそが、宮崎駿の迷いでもあったのだろう。

たくさんの人が幸せになろうと一生懸命生きて、その結果たくさんの人が死んでいった。
綺麗ごとではない事実を、二郎と菜穂子のピュアな恋愛でうまく調和を取っている。
何度もタバコが出てくるのも象徴的だ。
昭和の頃までは、どこでも普通にタバコが吸われていた。
宮崎駿は、できるだけ戦争以外の当時をリアルに再現する事により、戦争に直面している人々がどのように生きていたのかを表現したかったに違いない。

一度観て「よくわからなかった」という人には、何度でもこの映画を観てもらいたい。
関東大震災で東京が焼け、復興し、そして戦争で日本はまた焼け野原になった。
苦しい時代に誰もが一生懸命に生きようとし、小さな幸せや喜びに希望を見いだし、ピュアな恋愛で心をときめかせた。
二郎ももちろんのこと、たくさんの悲しみのどん底に落ちた人たちが、そこから一筋の希望を見いだしてもう一度歩きだしたからこそ、今の日本があるのだ。
キャッチコピーの「いきねば。」とは、そういう意味であるはずだ。

最初想像していたストーリーとはだいぶ違うが、満足度は高かった。
何度でも観てみたい作品である。


48.風立ちぬ



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by ksato1 | 2013-08-03 10:30 | 映画 | Comments(0)